心の広い寛容な人か、妥協を許さない不寛容な人かというのは性格や考え方の違いだと思っている人も多いだろう。まして、食べているもので変化するようなものではないように感じられる。
しかし、独リューベック大学のパク・ソヨン教授らは、朝食の中身次第で寛容にも不寛容にもなり得るという研究結果を「米国科学アカデミー紀要」2017年6月20日号(vol. 114 no. 25)で発表した。一体どのような朝食が判断力や意思決定に大きな影響を与えるのだろうか。
不公平な提案でも受け入れる? 断固拒否?
パク教授らは人が生きていくのに食べ物が不可欠である以上、食品の摂取の違いによって人間の認知や意思決定に影響があると考えた。特に摂取している栄養の違いが関係していると推測し実験を行っている。
まず、健康な成人87人を対象にアンケートを実施し、実験当日の朝に食べた朝食の内容を把握。その後、「最後通牒ゲーム」という2人で行う簡単なゲームを行わせている。
「最後通牒ゲーム」は2人のうち1人にのみ、いったん「報酬」が渡され、その後ペアの解消を命じるというシンプルな内容だ。ただし、ペア解消にあたって報酬を2人で分けるように求められる。分け方は最初に報酬を与えられたプレイヤーが自由に決められるが、その分割案を相手が拒否した場合、報酬はすべて没収となり、受け入れられた場合は両者が報酬を受け取ることができるというもの。
例えば、報酬が100ドルの場合。一方が「自分は70ドルもらうのであなたには30ドル渡す」と提案し、もう一方が納得すればそれぞれ70ドルと30ドルを受け取る。拒否した場合はお互いに0ドルとなる。不公平な提案でも寛容な心で妥協すれば報酬を得られるが、不寛容な心で拒否した場合は何も得られないというわけだ。
実験の結果、朝食の炭水化物量が多かった人は不公平な提案を受け入れる可能性が47%だったが、炭水化物量が少なかった人は76%になった。
この差に注目したパク教授らは、今度は別の健康な成人24人を対象に2日間の実験に取り組んだ。1日目はパンやジャム、フルーツジュースが主体となった糖分が多い高炭水化物朝食を、2日目はハムやチーズ、ミルクが主体の高たんぱく質で低炭水化物の朝食を出し、それぞれの朝食後に「最後通牒ゲーム」を実施。その結果を比較した。
すると、1日目は不公平な提案が受け入れられたのは全体の31%だったが、2日目には43%にまで上昇していたのだ。最初の実験では単に個々人の性格の違いだったと思えなくもないが、2回目の実験では同じ人たちが違う朝食を食べることで変化している。つまり、朝食が寛容さに影響していたと考えられるのだ。
ドーパミンの量に朝食が影響か
2回目の実験中、参加者たちの血液を検査したところ低炭水化物朝食時には「チロシン」というアミノ酸が多く含まれていることがわかっている。チロシンは欲求を満たす際に脳内で分泌される「ドーパミン」という物質の前段階の成分で、チロシンが多いということはドーパミンの量も多くなっている可能性が高い。つまり、朝食によってドーパミンの濃度が変化し、それが寛容か不寛容かという違いを生み出していたのだ。
パク教授は米国の科学メディア「New Scientist」の取材に対し、
「一般的に最後通牒ゲームでは、不公平な提案をされた人は『相手の狡猾な提案に対し罰を与えてやろう』という社会的正義を果たすという意識が働きがちで、提案を拒否することが多い」
と指摘。にもかかわらず朝食の内容によって提案を受け入れる可能性が高くなるのは、非常に大きな影響だとしている。論文の査読者は他の要因がどの程度影響を与えているのかさらに精査が必要としつつ、「重大な決断に朝食が作用する可能性を指摘したことは興味深い」と評価した。
寛容な心で誰かに接する必要がある日は、炭水化物を抑えてたんぱく質をしっかりと食べておくといいのかもしれない。