働き盛りの寝不足が30年後のアルツハイマー病
もう1つ怖いのが、認知症の中で最も多いアルツハイマー病の発症リスクが高まることだ。米スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所長の西野精治教授はらは、マウスを使った実験で、睡眠中にアミロイドベータと呼ばれる「脳のゴミ」が排出されることを突き止めた。アミロイドベータはアルツハイマー病の原因物質といわれている。発症の20~30年前から毎日少しずつ蓄積する。日中の活動を通じて「ゴミ」が脳に産生される。「ゴミ」は夜寝ている間に掃除されるが、睡眠が足りないと「ゴミ」が残ってしまう。これが長年溜まり続けるとアミロイドベータの塊(かたまり)になり、脳神経を傷つけ、アルツハイマー病になるのだ。
西野教授「だから、働き盛りの30~50代に十分な睡眠をとっていないと、数十年先に認知症になるリスクを高める可能性があるのです」
「睡眠負債」は病気以外に日常生活でも重大な危険につながる。たとえば、交通事故がそれだ。米ペンシルバニア大学の研究チームが面白い実験を行なった。被験者を(1)2晩徹夜したグループと、(1)睡眠時間を推奨される7~8時間より1~2時間少ない6時間のグループに分け、注意力と集中力のテストを行ってどう変化するか調べた。徹夜組は初日、2日目で成績が急落した。
一方、6時間睡眠組では、最初の2日間はほとんど変化がなかった。しかし、その後徐々に脳の働きが低下し、2週間後には徹夜組の2日目と同じレベルの成績に下がった。つまり、「6時間睡眠を2週間続けた脳は、2晩徹夜したのとほぼ同じ状態になる」といえる。しかも驚いたことに、6時間睡眠組は脳の働きの衰えを自覚していなかった。徹夜と比べ、わずかな睡眠不足がじわじわ蓄積した場合、なかなかその影響を自覚できない。同大学の研究者は「交通事故の原因の多くに、運転手の睡眠負債が隠れているといってよいでしょう」と指摘する。