【NHKスペシャル 家族が非常事態!】(NHK)2017年6月10日放送
突然キレるわが子の謎、脳の暴走を科学が解明
原因もわからず、突然キレる息子。口を閉ざし引きこもる娘。四六時中取りつかれたようなスマホ依存で、食事中も見続けるわが子。国の調査によると、思春期の子を持つ親の9割以上がわが子に不安を感じているといいう。
番組では、思春期の子どもがなぜ突然キレるのか、最新科学から謎に迫った。その背景には、何と人類の進化と繁栄にさかのぼる、深~い理由があった。思わずわが子を見直し、温かく見守りたくなる思春期の真実とは――。
やっかいな「思春期」があるのは人間だけ
番組では冒頭、この厄介な思春期の謎を解くために、人類のルーツの地アフリカに向かった。人間本来の思春期の姿を探るためだ。ここには大昔の暮らしを今にとどめる部族マサイ族が暮らしている。集落には約150人いるが、目につくのは小さな子どもや女性、そして大人の男性ばかりで、思春期世代の若い男の子はどこにもいない。なんと彼らは車で移動すること1時間も離れた場所で共同生活を送っていた。14歳から20歳まで約20人の若者たち。リーダーのオレンタルワイ君を中心に、親から借りた牛やヤギを放牧する自給自足の放牧生活。年少の子が年上の若者から放牧や狩猟採集技術など生きるすべを、見よう見まねで学ぶ。それがはるか昔から受け継がれた思春期本来の意味だった。
ゲストの3人の男子の母でタレント三田寛子さん「『可愛い子には旅をさせろ』って言葉、こういうことだったのですね」
しかし、なぜそんな大切な時期に子どもたちの脳は過敏で暴走しやすい状態に変化してしまうのか。その意外な理由が最新研究から分かってきた。
米カリフォルニア大学サンディエゴ校のジェイ・ギード教授は、1000人以上の子供の脳を調べて、思春期に脳がどう成長するか初めて突き止めた。思春期に入ると脳は後ろから前へと成熟が進むが、おでこ側にある「前頭前野」は未発達なままだ。前頭前野は人間の強い感情や衝動を抑える、いわば脳のブレーキ役。12~16歳頃から発達し始め、本格的に成熟するのは25歳頃だ。つまり人間の思春期は12~25歳まで続くことになる。そんな大事な前頭前野を最後まで成熟させないことこそが人間の思春期の戦略だとギード教授は語る。
ギード教授「思春期は動物にはなく、人間だけにあります。ネアンデルタール人にもありません。前頭前野の成熟に時間がかかることは、これまで生きる上で短所だと考えられてきました。しかし、それによって起こる思春期の暴走と衝動はとても重要です。リスクを恐れずに新しいことにチャレンジするからこそ人間は多くを学び自立できるのです」
700頭の牛の顔と名前を覚えるマサイ族の若者
マサイ族の若者集団は、敵が襲ってきた時には牛や集落を守る戦士になる。ケガや死を恐れず勇敢に戦えるからだ。また、干ばつなどの自然災害が起こると、危険を冒し新たな生活場所を探す冒険の旅に出る。約6万年前、現代人の祖先は住み慣れたアフリカを飛び出し、様々な危険が待つ新天地へと旅立ち、地球上に繁栄しているが、無謀な大冒険を成し遂げられたのは人間にしかない思春期のおかげだと考えられる。この思春期の脳の性質を存分に発揮させる別の仕組みも、ギード教授らは解き明かした。
鍵を握るのは、思春期になると精巣や卵巣から分泌される性ホルモン。実は記憶力を劇的に高めることが分かってきた。記憶の中枢である海馬は、思春期には性ホルモンの作用で神経細胞同士のつながりが増え、記憶できる容量が増大する。さらに感情の爆発を引き起こす偏桃体が、海馬のすぐ隣にある。偏桃体で強い感情が生まれると、それが海馬を刺激し記憶を強力に促す。「キレる」というやっかいな感情爆発には、学ぶ能力を高める起爆剤の役割があるのだ。
マサイ族の若者たちも驚きの記憶力を持っていた。700頭以上の牛を飼っているが、すべての牛に名前をつけ、全員記憶しているという。どの牛も顔が黒く同じに見える。番組スタッフがスマホで牛たちの写真を撮り、リーダーのオレンタルワイ君に見せると、「▽▽▽」「×××」「○○○」とスラスラ言い当てた。お見事! 彼らはこの驚異的な記憶力を思春期にフル回転させ、生きる技術を習得していく。
「LINE」で会話後、5分でケンカを始める中学生
このように「キレる」ことにも意味があった思春期だが、スマホなどインターネット上のやりとりでは、思春期の過敏な脳に思わぬ事態が起こることもわかってきた。番組では、同じ中学に通う6人の子どもたちに、LINEで自由に会話をしてもらうという実験を行なった。どの子もこれまでネットでトラブルになったことはないという。子どものネットコミュニケーションを研究している静岡大学教育学部の塩田真吾准教授分析してもらった。
実験開始後、6人から次々とメッセージが送られてくる。驚くのはその速さ。「どこへ遊びに行くか」という話題で次々とメッセージが打ち込まれていく。会話開始から5分後、その速さについていけない男子が「ちょっとちょっと」と発言。この一言から会話の雰囲気が一変した。「もうちょい速く打てないの?」「は?」「なに?」。さらには「あんたのそういうところが嫌いなのよ」というスタンプまで。ここで1人の女子が仲裁に入った。
「1人で大勢を責めるとか卑怯すぎだろが」
すると、友達が「喧嘩売ってん?」「ゴミ以下ですね(スタンプ)」などと、その後も荒れた会話がエスカレート。ついには、仲裁に入った女の子が、
「ばーーーーーーーーかっ」
「この人たちに言ったってムダじゃん」
と発言。会話を始めて30分、ついにケンカになった。実験後、今回のやりとりを子どもたちに振り返ってもらうと、いつのまにか自分でも驚くほどキツイ言葉になったことに驚いたという。塩田准教授は、会話が荒れた原因はあまりにもスピードが速く、顔の見えないやりとりにあると指摘した。
塩田准教授「『これを送ったらどう思うだろう』と想像する前に、すぐ打たないと『空気が読めないヤツ』になってしまうと考えるのです。それが『いじり』から『いじめ』になり、深刻になってしまうのです。子どもたちのネットコミュニケーションは、仲間との絆は深まりますが、トラブルも起こりやすいのです」