マンハッタンのベッドタウンとしても知られるスタテン島。極端に民主党寄りのニューヨーク市のなかで、例外的にトランプ支持率が高い。私はスタテン島の南岸へ行ってみた。その辺りは2016年の米大統領選で、トランプ氏への投票率が80%近い町も多かった。
スタテン島の面積は、香川県の小豆島とほぼ同じだ。マンハッタンからフェリーで南西に25分。島の北部から電車で40分かけて南下し、終点で降りる。平日の昼過ぎだったが、駅の回りに人影はほとんどない。のどかで閑静な住宅地が広がる。私が高校時代に留学していた、中西部ウィスコンシン州の小さな田舎町を思い出す。
「ヒラリーよりましだってこと」
メインストリートを歩きながら家並みの写真を撮っていると、真っ赤なピックアップトラックの運転席から男性が顔を出し、「Take my photo!(俺の写真を撮れよ)」と声をかけてきた。
かかりつけの歯科医に歯を治してもらった代わりに、医院の看板を直しに行くところだという。
「本当は15,000ドルかけてインプラントするはずだったのに、離婚した妻に金をぼったくられたから、一部しかできなくなっちまったんだよ。ほら」と言って、口を開けて見せる。
50代後半のこの男性は、ピザのビジネス、スクールバスの運転、住宅の検査などさまざまな職についてきた。
トランプ大統領について聞いてみると、
「もちろん、トランプに投票したぜ。いい家族だから、いい大統領になるだろ」
「いい家族って?」
「子供を立派に育てたってことよ。そりゃ、いいところも悪いところもあるけどな」
「例えば?」
と聞くと、言葉に詰まる。
「ちょっと俺、今ちょっと急いでるんだよな。ま、ヒラリーよりましだってことよ。トランプにやらせてみても、いいんじゃねぇか」
15分ほど話すと、陽気に手を振って去っていった。
「皆、彼を嫌っている。君に話しても無駄だ」
住宅地に一軒だけ、ミニスーパーが見つかった。日本のコンビニ程度の広さだ。中から出てきた70代くらいの男性に声をかけ、トランプ氏について意見を求めてもよいかと尋ねた。
「I'm all for him. That's enough. I don't want to talk about it.(彼を全面的に支持している。それで十分だ。あとは話したくない)」
と言い捨て、去っていった。
私はそれまでもニューヨークでさまざまな人に同じ質問をしてきたが、オープンでフレンドリーな対応をする人が多かった。それに慣れていた私は、男性の反応に違和感を覚えた。
メインストリートを曲がると、60代くらいの男性が家の表庭で、落ち葉をかき集めていた。
「Hi.」と笑顔で声をかけると、「Hi.」と笑顔を返す。ひと言ふた言、言葉を交わしてから、トランプ大統領について意見を聞かせてもらえないかと尋ねた。
それまでの態度が一変し、男性は「No, thank you.(いや、結構だ)」と答えて背を向けた。
私は笑顔のまま、ちょっと残念そうに、「Why?(なぜでしょう?)」と問い、「トランプ大統領を支持しない人の声も、支持する人の声も、どちらも中立な立場に立って日本の人たちに紹介できたら、と思っているんです」と説明した。
会話ではただ「トランプ」と言うことも多いが、「大統領」という言葉を忘れずに添えた。
彼は私の思いを少しわかってくれたのか、言葉を返した。
「Nobody wants to give him a chance.(誰も彼にチャンスを与えようとしない)。皆、彼を嫌っている。君に話しても無駄だ」
私は「お気持ちはよくわかります」と答えた。そして、反トランプ派の集会に何度も足を運んだ時、十分な知識を持たずに頭から反対し、支持派を激しく攻撃する一部の反対派の態度に疑問を感じたことがある、と正直な気持ちを話した。
「反対デモに参加するのは、何もわかっていない学生も多いんだ」と男性が言った。
その時、家のドアの向こうに人の姿が見え、男性がその人を呼んだ。
男性の妻だと紹介された。「政治に関しては、妻の方が熱心だからね」。
それから2人は、時に声を立てて笑いながら、トランプ氏への思いをざっくばらんに話してくれた。
「20年ぶりに投票に行った。彼は政治家じゃないからだ」
この辺りはトランプ支持率がとても高いにも関わらず、支持者はそれを知られたくないと思っている人が多いのだろうか。この町で感じたことを、私は尋ねた。
「とくに昨年の大統領選の前はそうだったわ。普通なら支持党の看板を家の前に掲げたりするのに、今回はあまり見なかったもの」。妻が答えた。
トランプ大統領のロシア疑惑については、どう感じているのか。
「プーチンには要注意だ」と夫がつぶやく。
「真実はわからない。でも別に懸念はないわ」と妻。
ニュース番組は、保守的で共和党寄りといわれるFOXを見ているのだろうか。
「そうだよ。FOXは他のテレビ局と違って、中立なスタンスを取ろうとしている。コメンテーターの発言も興味深い」とふたりは口をそろえる。
その後、キリスト教系幼稚園の前で、孫を迎えに来ていた男性(51)と話した。彼は私に怒りをぶちまける。
「俺はこの前の大統領選で、20年ぶりに投票に行ったんだ。トランプは政治家じゃないからだよ。政治家はきれいごとばっかりで、もううんざりだ。8年間のオバマ政権で、ますますひどくなった。
フードスタンプ(低所得者向けの食料費補助)をもらっているのに、ベンツを乗り回しているやつらがいるんだ。だから、本当に助けが必要な人に行き渡らない。社会保障だって、不法移民まで面倒を見るなんて、おかしいじゃないか。俺たちはちゃんと働いて、この国に貢献してるんだ」
彼と別れ、この町で評判になっている家があると聞いて、行ってみた。すると、その家の主がちょうど表庭で、何やら作業をしているところだった。
(この項続く)(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社
のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓
を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1
弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法
の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育
事情」(ともに岩波新書)などがある。