健康に悪いタバコを吸う愛煙家にとって、唯一の慰めは紙巻タバコのフィルターでニコチンタールを出来るだけ少なくしていることだろう。
ところが、その「フィルター付き」が「フィルターなし」のタバコより肺がん、特に肺腺がんのリスクを高めている可能性があるという衝撃の研究が米国立がん研究所機関誌「Journal of National Cancer Institute」(JNCI・電子版)の2017年5月22日号に発表された。なぜ、危険を少なくてしているはずのフィルターが裏目に出るのだろうか。
安全なはずのフィルターが悪さをする理由は?
肺腺がんは肺がんの約6割を占め、日本人では肺がんの中で一番発症率が高い。肺の奥の方にある、気管支の細い末梢部分に発症することが多いのが特徴だ。タバコの煙が届きにくい肺の末梢細胞に発症し、喫煙率が低い女性の方が男性より発症頻度が高いことなどから、これまでは喫煙との因果関係が比較的薄いと考えられてきた。
肺の中心の太い気管支部分などに発生する他の肺がんに比べ、初期段階では咳や胸の痛みがほとんどないため、自覚症状を感じることが難しい。定期的ながん検診や健康診断で偶然見つかるケースが多い。2017年5月に歌舞伎俳優の中村獅童さんが、検診で早期がんを発見して話題になった。
さて、「JNCI」誌のプレスリリースによると、研究をまとめたのは米オハイオ州立大学総合がんセンターのピーター・シールズ教授らのチームだ。米国のタバコ業界では50年以上前からフィルター付きの紙巻タバコが販売され、現在はフィルターなしの両切りタバコは少ない。「ライト」「ウルトラライト」などと呼ばれる、ニコチンが少なく、フィルターを長めにした「軽い」タイプが多い。そして、ほとんどのタバコのフィルターの根元の円周上には小さな穴(空気口)がたくさん開けられており、喫煙者はこの穴から新鮮な空気を取り込んで、煙と一緒に吸い込んでいる。
「軽い」と油断して肺の奥まで吸い込む
「この空気口が良くないのです」とシールズ教授は強調する。
「フィルターに穴があることによって、喫煙者はフィルターなしのタバコより多くの煙を勢いよく肺に吸い込んでしまいます。しかも、新鮮な空気が混じっているため、よりマイルドに感じ、安全だと錯覚して深々と肺の奥まで吸い込み、肺腺がんを誘発しているのです」
フィルターがあることによって、逆にフィルターなしのタバコでは届きにくい肺の奥まで煙が届いてしまうのだ。
シールズ教授らは、タバコと肺がんに関する国内外の研究論文、およびタバコのフィルターに関するタバコ会社の内部調査資料など、合計約3300件のデータを分析した。その結果、次のことが明らかになったという。
(1)喫煙者の減少などによって、肺がん全体にかかる人は減少傾向にあるのに、20年ほど前から肺腺がんになる人が増え始めている。
(2)その時期は、タバコ会社がタバコのフィルターに「空気口」を導入、普及させていった時期とほぼ一致する。「空気口」の増加と、肺腺がんの増加には関連性がみられる。
(3)また、フィルターの「空気口」から入る空気によってタバコが燃焼する様子が変わり、より多くの発がん性物質が生成される可能性が高い。そして、有害な発がん性物質を含む煙を肺の奥深くまで吸い込むことが、肺腺がんが増えた原因と考えられる。
もっとも、シールズ教授は「私たちが集めた科学的な証拠は、肺腺がんの発症にフィルターの空気口が影響していることを示していますが、まだ仮説の段階です。産生する有害物質を突きとめるためには、さらに研究が必要です」とコメントしている。しかし、「フィルターの空気口は非常に危険なので、穴をふさぐべきです」として、食品などの安全性を審査している米食品医薬品局(FDA)に、空気口の開いたフィルターの使用を禁止するよう警告した。