映画『ワーキング・ガール(Working Girl)』(1988)で、証券会社で働くテスを乗せたフェリーは、スタテン島(Staten Island)を出て、朝日輝くニューヨーク・ハーバーをマンハッタン島へと進む――。
ニューヨーク市の南西部に位置し、マンハッタンのベッドタウンとしても知られるスタテン島。じつは、極端に民主党寄りのニューヨーク市のなかで、例外的にトランプ支持率が高い。
トランプ支持8割の白人の町も
2017年5月中旬に行われた世論調査では、支持率に陰りが見られるものの、今でも全体の40%がトランプ氏を評価している。2016年11月の大統領選で同氏に投票した割合は、ニューヨーク市全体で18.4%、マンハッタンでは9.87%だったのに対し、スタテン島では56.86%と、大きく上回った。16年4月の予備選挙ではトランプ支持が82%と、全米のどの地域より高かった。
スタテン島には、トランプ氏の支持層と重なる白人のブルーカラー労働者が多く住んでいる。白人の割合も、ニューヨーク市全体では44.7%なのに対し、スタテン島では77.6%とかなり高い(2010年の人口統計)。とくに南岸では支持層が厚く、同氏への投票率が80%近い地域も多い。
私は住民たちの声を聞くために、マンハッタン最南端からフェリーに乗った。これまでもフェリーには何度も乗り、島に下りたこともあるが、南岸まで行ったことはない。
朝夕のラッシュアワーには通勤客で込み合うこのフェリーは、今も24時間、無料で運行している。自由の女神のそばを通るため、観光客の利用も多い。
この日も自由の女神が見え始めると、イギリス英語を話す観光客らしき青年が、「Freedom!(自由!)」と叫んだ。
25分ほどでスタテン島に着く。観光客のほとんどは、そのままUターンしてマンハッタンに戻る。私はそこで島を南下する電車に乗り換えた。終点まで40分ほどかかる。島の面積は、マンハッタン島の2.6倍だ。
北部にニューヨーク・ヤンキース傘下のマイナーリーグの本拠地もあるが、この島を訪れたことがないニューヨーカーも多い。島の大半は、一軒家が並ぶ閑静な住宅地だ。
この島の北側では、まもなく開業予定の世界最大の観覧車や大規模な公園の建設など、今まさに開発が進んでいる。
電車ですぐそばに、ダークスーツに星条旗色のネクタイ姿で、胸に小さな星条旗のバッジを付けた男性が座っていた。トランプ大統領について意見を求めると、よどむことなく話し始めた。
「それがアメリカ流というものだ」
この男性、ジャック・オウム(58)は、ドイツ系アメリカ人で、32年間、消防士として働いてきた。
「米国は最も偉大で、最も自由な国だ。世界をリードしていくために、トランプ氏のような強い指導者と、強い軍隊が必要なんだよ。オバマ政権下で、この国は尊厳を失ってしまった。国民は変化を求めているんだ。トランプ大統領を支持するのは、一生懸命に働き、ちゃんと税金を払い、この国に貢献している人たちだ。それがアメリカ流というものだ(That's the American way.)。働きもしないで、政府が与えてくれることばかり期待している人たちとは、違うんだよ」
胸のバッジは、いつも付けているのか。私は彼に尋ねた。
「そう、いつも旗を付けているよ。アメリカのためにね。私はアメリカ人で、アメリカを愛している。だから、すべての我々の大統領に敬意を表している(I wear for America. I'm an American. I love America. And I respect all our presidents.)。
「オバマ大統領の時にも?」
「もちろんだよ。アメリカを愛しているからだ。そして、それが象徴するものも、愛している(And I love what it stands for.)」
「何を象徴しているのですか」
「自由と正義、そしてアメリカ流、ということだ(It stands for liberty, justice and an American way.)」
そう言い終えるとジャックは、ユグノーの駅で降りていった。そこは、トランプ氏への投票率が8割近い町だった。 (この項続く)(敬称略、随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社
のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓
を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1
弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法
の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育
事情」(ともに岩波新書)などがある。