米国のロス商務長官の対日貿易赤字への「耐えられない」との批判が波紋を呼んでいる。米中「融和」のなかで米国の貿易赤字をめぐる批判の矛先が日本に集中する懸念も出ている。
ロス長官の批判は2017年5月4日。3月の貿易統計を受けて日本とメキシコに対する貿易赤字が大幅に拡大したことについて、「米国は、この膨張した貿易赤字に、もはや耐えられない」との声明を発表したのだ。
北朝鮮問題との関係
米商務省が4日に発表した3月の貿易統計によると、モノの貿易で対日赤字は前月比55%増の約72億ドル(約8100億円)で、2008年4月以来約9年ぶりの高い水準となった。自動車関連の赤字額が目立った。
もちろん、国別の貿易赤字額が最も大きいのは中国で、不動の1位に変化はない。対中赤字は同7%増の約245億ドルに達し、米国の貿易赤字全体の約4割を占めている。日本は2位。対メキシコの赤字が同22%増の約70億ドルにとどまったため、日本がメキシコを抜いで2位に上がった。
この結果を受けての声明は、中国と日本・メキシコを明らかに「差別」するもので、対日、対メキシコ赤字を「驚くべき速さで増え続けている」と断じ、「トランプ政権は一方的な貿易関係から米国の労働者と企業を守るため、不均衡の是正を約束している」と、赤字削減に向けて強い決意を表明した。一方、同様に赤字が拡大している中国は批判せず、対照的な姿勢を示した。
トランプ政権の対中「軟化」は、この間の動きに表れている。トランプ大統領は4月30日のテレビインタビューで、北朝鮮の核開発阻止に関して「中国は北朝鮮にかなり影響力を持っている」として、中国が影響力を発揮して北朝鮮問題解決を解決できるなら「米国にとり、さほど良くない(中国との)通商協定にする価値はある」とまで述べているように、北朝鮮問題で中国の協力を得るため、経済面で中国を刺激しないように配慮しているのは明らかだ。
2国間協議めぐる綱引き
ロス長官の声明を素直に読むと、対日要求が強まることになる。トランプ政権は、輸出拡大に向けて日本の自動車や農産物の市場開放を求める一方、米国内での自動車生産拡大はもちろん、日本車の輸入削減のために対米輸出自主規制さえ求めてくる恐れがある。
そのための交渉は2国間協議。特に日本が環太平洋経済連携協定(TPP)を米国抜きの11か国で発効させようと動いていることもあって、「日米自由貿易協定(FTA)交渉など、厳しい要求を突きつけられる2国間協議には消極的」(関係筋)な日本を、サシの協議の場に引っ張り出すのが米国の基本戦略。ロス長官の対日批判は、交渉を米国ペースにしようという狙いというわけだ。
ロス長官に加え、対外的に強硬派として知られ、米通商代表部(USTR)代表に指名されていたライトハイザー元USTR次席代表が5月11日に上院で承認された。同氏は3月の上院公聴会で、日米間のFTAに意欲を示すとともに「農業分野の市場拡大は日本が第一の標的になる」と言明し、「TPPを上回る合意を目指す」と語っており、貿易不均衡の是正に向けて対日圧力を強めるのは確実と見られる。
ただ、米政権内の力関係と方向性は、なお不透明な面がある。政権発足当初、鳴り物入りで設けられた国家通商会議(NTC)が、早くも「通商製造政策局」に改組され、対外強硬派、とりわけ中国に対する厳しい姿勢で知られるナバロNTC委員長の政権内の影響力が大きく削がれた。これは、トランプ政権の対中「軟化」と歩調を合わせた動きと見えるが、中国にとどまらず対外強硬派であるナバロ氏の力が落ちることが、日本にプラスかマイナスか、にわかに判断できないところ。
ナバロ氏の力の後退に伴い、政権の経済政策の主導権は、米投資銀行ゴールドマン・サックス最高執行責任者から転じたコーン国家経済会議(NEC)やロス長官らが握ったとされる。経済界の実務経験も長いコーン氏らの台頭で、トランプ政権が現実的な政策にシフトするとの見方もあった。それだけに、ロス氏の対日強硬声明に、麻生太郎財務大臣は「1日にロサンゼルスで面会したが、そんな発言はなかった。直接聞いた話とはちょっと違う」と、戸惑いを隠さず、真意を測りかねている様子だ。
今後の交渉がどのように展開するか、予断を許さない。