トランプはなぜ、金正恩を持ち上げるのか――。北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に対するトランプ大統領の発言が、アメリカで物議を醸している。
トランプ大統領は2017年4月30日に放送されたCBSテレビのインタビューで、金委員長は「正気かどうかわからない。だが、父親の死去で権力を継いだ時、26、27歳の若さだった。権力を奪おうとする人たちがたくさんいただろうに、そのなかで生き残ってきた」とし、「(同委員長は)a pretty smart cookie(なかなかの切れ者だ)」と話した。
「そんな人間をsmart cookieと呼ぶとは」
さらに5月1日にはブルームバーグ通信のインタビューで、「(金委員長と)会うことが適切なのであれば、会うつもりだ」と会談の可能性を示し、「I would be honored to do it.(もし会談を行うことになれば、それはそれで光栄だ)」と語った。
先日、私が東京で出会ったコロラド州在住のアメリカ人男性(29)は、「人としてトランプという人間に、ますます嫌悪感を抱くようになったよ」と憤りを隠せない様子だ。
「金氏は自分の叔父を処刑し、(今年2月には)金正男氏を殺害した疑いがもたれている。しかも、自国民を飢餓に追い込む独裁者。そんな人間をsmart cookieと呼ぶとは。アメリカは世界中からますます敬意を払われなくなる」
ミネソタ州に住む60代のアメリカ人女性も、「北朝鮮はごく最近、ホワイトハウスを破壊しようとする画像を公表したばかり。そんな人間に『光栄』などという言葉を使うなんて、考えられないわ」と憤慨する。
また、北朝鮮問題に対応するためにアジア諸国との連携を求めて、トランプ大統領がフィリピンのドゥテルテ大統領をホワイトハウスに招待したことにも、批判が高まっている。ドゥテルテ氏は、麻薬犯罪容疑者の殺害を指示したなどとされているからだ。
「これまでの政権とは違うやり方を支持する」
トランプ大統領が金委員長を「切れ者」と語ったことについて、「脈絡から理解すべき。金氏を褒め称えたわけではない」とトランプ支持者は反論する。
会談について「光栄」という言葉を使ったことに対しては、「対立する相手に敬意を表して会談に臨む。それが外交というものだ。トランプ氏こそ、立派な交渉人だ」と擁護する声がある。
その一方で、「政治の素人だから、そんな発言をするのだ。会談が実現したとしても、交渉は政治素人のトランプではなく、国務省がするべき。金氏を非難していたかと思えば、一転して褒め称える。次は何を言い出すか、し出すか、予測できないので不安だ」と懸念する声もある。
トランプ大統領が金委員長に対して、会談の可能性とともに、軍事力行使も辞さない姿勢を示す「carrot and stick diplomacy(ニンジンと棒=アメとムチ=の政策)」を、高く評価する人も少なくない。
トランプ大統領を「人として軽蔑している」と語る50代の男性も、「北朝鮮については、これまでの政権とは違うトランプのやり方を支持する」と話す。
トランプ流のアメとムチは、「ビジネスマン大統領」の政治家の枠にとらわれない奇策なのか。北朝鮮問題は進展を見せるのか。彼の一言一句に、アメリカはまた、揺れている。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社
のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓
を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1
弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法
の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育
事情」(ともに岩波新書)などがある。