米トランプ政権誕生を受けて日米が開始に合意した「日米経済対話」が2017年4月中旬、スタートした。貿易をはじめとする日米両国の経済の重要事項を協議する場で、来日したマイク・ペンス米副大統領と麻生太郎・副総理兼財務相が、首相官邸でキックオフとなる会談を開いた。米国側スタッフの陣容が整っていないことなどから、今回は具体的な合意事項はなく、会合後に公表した共同文書も抽象論に終始した。
ただ、スタッフが整わないなかでも米側は、トランプ大統領が主張する「貿易赤字の削減」のために通商問題で日本を揺さぶる姿勢を見せた。日本としては年内に開く次回会合に向け、「日米自由貿易協定(FTA)交渉の開始」など、日本に不利となる米側の要求をどこまで押しとどめられるかが課題となる。
貿易案件が「3番目」から「真っ先」に
日米経済対話は、安倍晋三首相が2月に米国でトランプ米大統領と行った日米首脳会談の成果として合意した協議の枠組み。麻生、ペンス両氏が日米双方のトップを務める。
初会合で注目されたのは、「近いうちに成果を出す」として共同文書に記した3分野について、2月の首脳会談の合意に基づき、(1)貿易・投資のルール策定、(2)経済財政・構造政策、(3)インフラ、エネルギーなど相互に利益や雇用創出などがある個別分野――とした「順序」だ。首脳会談の際の文書では、このうち貿易ルールが最後の3番目に記述されていたが、今回は真っ先に書かれ、貿易が最も重要事項であるかのように読める。文書作成の経緯は明らかになっていないが、日本側が密かに懸念していたことでもあり、相手側の迫力に押された日本の姿が見え隠れする。
トランプ政権としては、貿易赤字の削減のため、世界最大の経済力と軍事力を背景に「米国第一」の2国間通商協定を中国や日本と締結することが経済分野での重要な課題と位置づけている。中国については、4月7日の米中首脳会談において、米国の対中貿易赤字削減に向けた「100日計画」の策定に合意した。そもそも需要があるから米国側が輸入しているわけで、無理矢理中国がモノを米国に押しつけているわけでもない。それなのに、トランプ氏の主張通りに「貿易赤字削減」について具体的に期限を区切って計画を作ることにまで持ち込んだことは、米国にとって意味が大きいと見るのが自然だろう。
それに比べると日本は、米側に押されている面はあるものの、「意外にしたたかだった」(外務省筋)との見方もある。トランプ政権は公約通り、環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱したが、日本はTPPをあきらめず、米国の復帰を待つ姿勢だったが、最近は、「ひとまず米国抜きの11か国でTPPを完成し、後に米国に再加入を促す」戦略に転換した。これは、TPP以上のレベルで農産物などの市場開放を迫られることが確実な米国との1対1の交渉をできるだけ遠ざける作戦だ。「日米経済対話」も、その「時間稼ぎ」の一環だ。今回、ペンス氏は会合後の記者会見で「(日米経済対話が)FTA交渉に発展する可能性がある」と日米FTA交渉に意欲を見せたが、「意欲を見せる」にとどまったままで時計の針が止まっているとも言える。
米側の承認人事が具体的に動き出せば...
また、日米経済対話はかつて20世紀後半に「日米貿易摩擦」を解消する舞台として米側が押しつけてきた「日米構造協議」などと違い、日本が主導的に設けた点も意味がある。放っておけば中国のように「100日計画」を作らされたりし兼ねないところをその前段階で踏みとどまり、極めてわずかとはいえ将来的なTPPへの米復帰の可能性さえ残している。麻生氏が記者会見で、「これまでは(日米間は)摩擦という言葉が象徴的だったが遠い過去になりつつある」と強調したのも印象的だ。
とはいえ、日本としては米側の体制が整っていないことに助けられた面もある。例えばケネス・ジャスター大統領副補佐官は今回来日しなかった。国際経済を担当し、トランプ大統領のシェルパ(個人代表)も務め、日米経済対話では米国の事務方の事実上トップ。トランプ政権の官僚人事承認が遅れるなか、具体策に踏み込めないことが明白なため「ジャスター氏来日に及ばず」と米側が判断したようだ。
ただ、トランプ政権はTPP離脱によって、TPPで決めた対日輸出時の関税引き下げなどの恩恵が得られない。日本と経済連携協定(EPA)を結んだオーストラリアは、日本に輸出する牛肉の関税が段階的に19.5%まで下がる中、38.5%の米国産が不利な状況は続く。通商政策の司令塔となる米通商代表部(USTR)代表に内定したライトハイザー氏の議会承認が遅れているが、強硬派で知られるライトハイザー氏以下の承認人事が具体的に動き出せば、日本側の目論む「時間稼ぎ戦略」の有効性は風前の灯火となる可能性もある。