オリンピックの選手が開催国の食材を使った料理を食べられない――そんなわけのわからない事態に陥る心配が広がっている。2020年東京五輪・パラリンピックで選手村などの食材について、農業生産工程管理(GAP)という認証を取得した農家の産品しか認められないのに、国内農家の認証取得が1%程度にとどまるのだ。政府は認証取得を促進するための施策を検討するが、本番に間に合うのだろうか。
東京大会の組織委員会は2017年3月24日、食材の安全確保などの調達要件を決めた。この中で、選手村に野菜などを提供する場合、GAPなど第三者の認証を取得することとされた。
取得農家は全体の1%に満たない
GAPは「Good Agricultural Practice(グッド・アグリカルチュラル・プラクティス)」の略で、生産者が栽培から出荷までに守るべきルール。(1)安全な農産物の供給、(2)環境の保全、(3)働く人の安全――の三つが目的だ。世界共通のGAP(グローバルGAP)の場合、その目的達成のために、約200項目をチェックし、記録を残しておく。具体的項目は、「農薬を使うときは使用基準を守る」「(異物混入などを防止するために)倉庫には鍵をかける」「使った機械は洗う」など、当たり前といえば当たり前のことばかりだ。
企業などが取得する品質管理の国際規格ISOなどと同様で、生産過程の品質や安全の管理、環境保全などの手順を定め、その通りに行われているかを第三者機関がチェックするもの。
日本には「JGAP」があり、環境保全を重視しているグローバルGAPに対し、農薬や衛生管理を重視しているというように、やや違いはあるが、五輪組織委員会は、一部自治体の独自の認証も含め、食材の安全の証明として認める。ただ、第三者の認証の仕組みがない大半の都道府県やJA(農協)独自のGAPは認めないという。
問題はGAP認証取得農家が絶対的に少ないこと。現時点でグローバルGAPの認証を取得した農家は約400、JGAPは4000程度と、合わせても農家全体の1%に満たない。ロンドン五輪では、大会の2年前に「レッドトラクター認証」(GAP英国版)を8割が取得していたといい、日本の出遅れは明らかだ。
このままでは、ほとんど輸入食材に?
普及していない主因がコストだ。グローバルGAPの場合、最初に認証を取得するために数十万円必要なほか、農場の規模によって年間10万~40万円の維持費用がかかる。もちろん、認証を得るために必要な倉庫への鍵の取り付けといった費用も必要だ。農水省は2016年度補正予算に認証取得を全額補助する事業に2億円を計上したほか、取得率の数値目標をつくり、2017年度の当初予算ではGAP普及に向けた研修費などに5600万円の予算を確保した。自民党からは全国の農業高校がグローバルGAPを取得するのを後押しする案なども出ているが、国内で販売している分には認証なしでも支障がないため、農家の認証取得意欲はなかなか高まらない。
五輪では約1か月の大会期間中に約1500万食を提供するとあって、日本の食文化を発信するチャンスと位置づけられてもいる。その材料が、このままでは、ほとんど輸入食材という笑えない事態になりかねないということだ。
この問題は五輪だけにとどまらない。政府は日本の農産物の輸出を、2019年に1兆円にすることを目標にしている。2016年の農林水産物・食品の輸出額は7502億円となり、4年連続で過去最高を記録したが、世界では60位程度にとどまる。特に欧州連合(EU)域内では流通食材の7割がGAPなどの認証を受けた農家の手になるもので、GAPの認証なしの輸出はほぼ不可能と見られる。
五輪開催という、日本の食を世界にPRする絶好の機会がありながら、十分に食材を提供できない懸念が、このままでは現実のものになりかねない。農業の競争力を高める機会にしたいという農水省の目論見通りに事を運ぶためには、取り組みを抜本的に強める必要がある。