みんなわかっている-16位の選手ではないことを
中央に立った真央ちゃんは、大きく深呼吸をしてポーズに入った。
冒頭のジャンプは25秒後に訪れた。こだわり続けたトリプルアクセルだ。真央ちゃんの代名詞でもある一方、点数が高い代わりに失敗すると減点される、いわば諸刃の剣だ。SPでも、この失敗から歯車が狂った。「これまでの大会でも、このジャンプを回避さえすれば優勝回数はもっと多かったかもしれない」と、佐藤コーチを嘆かせたが、彼女自身がそれを許さなかったのは、「跳ばずに勝っても、うれしくない」というプライドだ。これを回避することは、自分の存在価値を否定することになりかねない。
FPの冒頭で、それに挑んだ。助走で彼女は自分を鼓舞するかのように、少し顎を上げた。氷を蹴って描いた放物線の先に、きれいに着地した。続けて3回転のジャンプを次々と成功させていく。リンクサイドの佐藤コーチは「まだ滑れるよ。滑れるよ!」と叫んでいる。ジャンプのたびに首を縦に大きく振って相槌を打つ羽生選手。
時間が経つにつれて、いつもの躍動感が戻ってきた。リンクを縦横無尽に滑るリズミカルなステップに、客席は手拍子で呼応する。観客も見事な足さばきに魅了され、会場に一体感が生まれる。みんなわかっているのだ。16位に甘んじている選手ではないことを。客席から見守る高橋選手の目から、涙がこぼれているのがわかる。
この時、彼女の脳裏からは金妍兒のことも、SPで失敗したことも、重圧も消えていたに違いない。真っ白なリンクの上に、自分だけの世界を描いていった。
6種類8回の3回転という、かつて女子の誰もが成し遂げたことのないプログラムをノーミスでこなしていく。最後のジャンプを決めると、斜め下に伸ばした手の先で、小さなガッツボーズを決めた。
そして最後は、上を向いて4分間の演技を終えた。
その天を仰いだまま、顔が歪んでいく。
2度ほど肩が揺れた。
嗚咽していた。
観客への挨拶のために、リンクの中央へと移動する途中、彼女は泣いている自分の心に区切りをつけるかのように、こっくり頷くと、いつもの笑顔が戻った。
インタビューでは、前日のSP後に佐藤コーチから掛けられた「助けに行くから」という言葉を吐露した。彼女はちゃんと佐藤コーチの言葉を受け止めていたのだ。
いろんな人に支えられて、SPで引き裂かれたプライドを、取り戻した瞬間だ。
五輪後、1年間の休養を宣言して、現役に復帰した真央ちゃんは、出だしこそ好調だったが、昨年12月の全日本選手権では、かつてない12位という不名誉な記録に終わった。
完璧を目指す彼女にとって、もはや選手生活を続けていくことはできなかったのだろう。 引退会見で、彼女が繰り返した言葉がある。
「いろんな人に支えられて」
常に感謝の気持ちを忘れず、偉ぶることもなく他の選手だけでなく他国選手と接していた彼女は、フィギュアスケート界の憧れの存在でもあった。そういう彼女らしい振る舞いが会見では随所に見られた。質問者が変わるたびに、向き直って目を見て答える。どんな突飛な問いにもはぐらかさず、嫌な顔ひとつせずに真摯に応じた。人としての魅力が、会見場の記者たちをも魅了した。
「最後に一言」と促された彼女は、話しながら涙をこらえることができなかった。悔いはないと言いながらも、きっといつか「もう一度、あの舞台に立ちたかった」と思うに違いない。それでも「引退」を選んだのは、彼女が限界まで自分自身と闘ってきたという証でもある。
会見を終えて退場する真央ちゃんに対して、自然に拍手が起きた。
(ジャーナリスト・辰濃哲郎)