浅田真央、伝説のソチ五輪FP あの日、「奇跡」はこうして生まれた

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「終わったのはまだ3分の1だ」

   彼女は早朝のFP前の公式練習に、珍しく遅刻した。ビデオを見ると、リンクに上がった彼女の表情は硬く、蒼白だ。明らかに前日の失敗を引きずっているように見えた。トリプルアクセルを3回試みるが、いずれも不完全に終わった。

「いままで何をしてきたんだろう」

   そんな思いが彼女の心によぎったという。あまりの無気力な練習ぶりに、佐藤コーチは彼女をリンクサイドに呼び寄せた。

「終わったのはまだ3分の1だ。3分の2が残ってるのに、こんなに気が抜けてどうする。気合を入れろ!」

   FPの点数はSPの2倍だという。佐藤コーチとしては、途中で諦めることの嫌いな彼女の心に火をつけたかったのだろう。温厚な人柄には珍しく声を荒げ、こぶしを握りながら彼女にぶつけた。

   練習後、昼食を食べているとき。真央ちゃんの姉の舞さんから電話が入った。

「楽しんでやっておいでよ」

   舞さんにすれば、どんな言葉をかけたら立ち直れるか、考えた末のことだった。だが、真央ちゃんは、こう言い返した。

「楽しんでできるわけない」

   いつのころからだろう。彼女の演技に無邪気さが消えたのは。初めてグランプリファイナルを制した14歳のころの彼女は、表現力こそ幼かったが、滑ることが楽しくて仕方がないような屈託のない笑顔を見せてくれていた。だが、シニアでの演技を始めたころからか。日本中の期待が重圧となって、演技に悲壮感さえ漂うようになっていた。

   電話の最後に舞さんは、こう伝えた。

「これまで何百回、何千回もジャンプを跳んできて、できないわけないんだから、もったいない。自信をもって思い切ってやってこないとダメだよ」

   夜に始まる演技のために会場入りした真央ちゃんの目は、闘う者のそれに変わっていた。

   「こんなにすごい会場を見て、やるしかない、と心に決めた」と記者会見で述べている。

   リンクでの準備を終えて、佐藤コーチのいるリンクサイドに向かう。佐藤コーチは、大きく頷きながら、こう告げた。

「さあ、自信をもって思い残すことのないように滑ってきてください」

   そして、にらみつけるような表情で檄を飛ばす。

「頑張って、行け!」

   しばらく足踏みをしていた真央ちゃんは、意を決したように頷き、そして静かに答えた。

「行ってきます」

   リンクの中央に向かう彼女に、客席にいた羽生結弦選手が「真央ちゃん、ガンバー!」と叫ぶ。別の客席にいた高橋大輔選手は、手を前に合わせて祈るように「真央、頑張れ」とつぶやく。女性の観客からも「真央ちゃんならできる!」と声が飛んだ。

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