岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 
4月1日の大統領そっくりさんパレード

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「トランプを弾劾するパーティなら、いつでも顔を出すよ」

   念のため、パークで暇そうに立っている警察官たちに尋ねてみる。

   「そんなパレード、まったく聞いてないね。ここで今から始まるのは、pillow fight(ピロー・ファイト)。恒例のイベントだよ」という。

   不安が頭をよぎる。五番街を眺めても、交通が遮断されている気配がない。確かに、大勢の人たちが枕を手に集まってくる。そして3時になると、枕を持っている人を誰彼構わず枕で叩き始めた。

   パークの凱旋門の下に立つ女性警察官にも聞いてみると、「初耳だわ。エイプリルフールのジョークじゃないの?」と笑う。

   あんなに周到なプレスリリースが、偽りだというのか。原稿も終えずに、飛び出してきたというのに。

   恒例のイベントなら、近所に住んでいる人は知っているはずだ。すぐ近くに住むという赤ちゃん連れの若い女性は、聞いたことがないと言いながらも、自分のスマホで検索してくれ、「ちゃんとイベント情報に載っているわね」と首を傾げる。

   公園を出て、五番街を歩きながら北上してみるが、通行止めになっているわけでもなく、待てども待てども、トランプそっくりさんはひとりも現れない。

   カメラマンらしい高齢男性とすれ違ったので、尋ねてみる。

「どうやら、私も騙されたらしいんだよ。59丁目で待っていたのに、誰も現れないんだ。トランプのお面も、赤いネクタイも、ゼロだよ!」

   夜中にはタイムズスクエアで、「Trump Impeachment Party(トランプを弾劾するパーティ)」が予定されている。

   イベント情報には、「Invite your friends; liberals and conservatives, why not?(友達を誘おう。リベラルでもコンサバでも、もちろん、いいよ)と書かれていた。

   高齢男性はそのことは知らなかったが、「トランプを弾劾するパーティなら、いつでも顔を出すよ」と笑った。

   開始時間は4月1日午後11時59分。それからして怪しいが、夫はまだ半分、本気にしているので、念のために会場へ足を運んでみる。

   ネオンライトで昼間のように明るいタイムズスクエアは、観光客で溢れ返っていたが、時間になってもパーティの参加者らしき人はひとりも現れない。先ほどの高齢男性の姿もない。

   警備のためにライフル銃を手にする警察官たちも、そんな情報は入っていないという。

   これも、エイプリルフールのジョークだったのか。

   あとでネットでチェックしてみると、ほかにもまんまと騙されていた人はいる。じつは皆、会場に現れ、騙されたと知って、素知らぬ顔して帰っていったのか。コートを脱いだら、中は「トランプそっくりさん」だったのかもしれない。

   友人や街の人々に聞いてみると、毎年、そんな企画があることを知らない人がほとんどだった。

   あの日の午後3時に、お面を被ってトランプ氏に扮し、ワシントンスクエアパークに私たちが辿り着いていたら、そこで待っていたのは、ピロー・ファイトだ。寄ってたかって、皆にボコボコにされていたかもしれない。(随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1 弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。


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