2020年の東京五輪が近づくにつれ、スポーツ界に10代の選手に対する期待が高まっている。早くから1つの競技に打ち込む「英才教育」を求める風潮があるが、子どもにとっていいことなのだろうか。
米エモリ―大学のスポーツ医学の研究チームが、早くから1つのスポーツだけを専門にプレーする子どもはケガが多いという報告をまとめ、英スポーツ医学誌「British Journal of Sports Medicine」(電子版)の2017年3月16日号に発表した。日本の専門家も「幼少時には色々なスポーツをさせるべきだ」と指摘している。
12歳で1つの競技に特化した子はケガを繰り返す
同誌の論文要旨によると、研究チームは7~18歳の若いアスリート約1200人を対象に、スポーツ外傷の発症を3年間にわたって追跡調査した。1人1人の競技スケジュールとケガをした場所、回数を調べた。約40%が調査期間中にケガをした。スポーツ経験とケガの頻度を分析すると次のことがわかった。
(1)ケガをした選手の多くが、平均12歳未満で1つのスポーツ競技に特化していた。
(2)そのうち高度に特化した選手の約3分の2は、何度も繰り返しケガをしていた。
(3)ケガをしなかった選手が、1つの競技に特化した平均年齢は12歳以降だった。
(4)ケガをした選手は、ケガをしなかった選手に比べ、シーズンがなく1年中競技できるスポーツをしている割合が高かった。
つまり、早くから1つの競技に特化し、しかも1年中同じスポーツばかりしていると何度もケガをするというわけだ。
研究チームのニール・ジャヤンティー博士はこうコメントしている。
「各競技によって異なりますが、少なくとも12歳までは色々なスポーツを経験した方がいい。また、ケガを防ぐためには、練習のしすぎをやめ、シーズンごとに違うスポーツを行なうことをアドバイスしたい」
工藤公康監督「小学生のエースは全員肘を痛めている」
日本のスポーツ界からも早くから1つの競技に特化することに心配の声がある。小学校時代から野球一辺倒で練習を続けることの弊害を、プロ野球ソフトバンク監督の工藤公康氏が、筑波大学での講演の中でこう語っている(『筑波大学基金』ウェブサイト・2015年2月2日付より要約抜粋)。
「僕は中学時代に肘を壊したことがあります。プロに入ってからも最初に痛めたのは肘です。僕は野球教室では子供たちに、『肩・肘を壊したことがある人は手をあげて?』と聞くようにしています。すると半分くらいの子供が手をあげます。特にそのチームのエースは間違いなく手をあげます。これは野球界にとって一大事だと感じました。だから僕自身がスポーツ科学を学び、子供たちに肩や肘を壊さない投げ方やトレーニングを伝えていこうと思いました」
また、大リーグ・マリナーズの元トレーナー、森本貴義氏もジュニアサッカーの保護者向けサイト「サカイク」(2015年3月19日付)の「サボっているほど良い選手?」の中で、色々なスポーツ経験を積むことの大切さをこう語っている(要約抜粋)。
「日本のトップ選手のほとんどは、競技にかかわらず、小さい頃からの練習のしすぎで、どこかに故障を抱えています。野球を例にとると、中学までは世界トップ。日本特有の長く厳しい練習で技術面では優位ですが、その後は伸びません。もともと体の強い選手が生き残るだけの練習です。ドラフトでは『サボっている選手を獲れ』という言葉があるほどで、小中高で練習を真面目にやってきた選手は、体に何らかの問題を抱えています」
「米国では子どもが特定の競技だけを集中して行なうことはありません。小中学生は3~4つの競技をかけもちでプレーします。高校生も2つ以上行います。1つの競技『だけ』をプレーすると、特定の故障を起こしやすいのですが、いくつかの競技をすると、特定の箇所に負荷がかかることはありません」
国際レベルの選手は色々なスポーツを経験
J-CASTヘルスケアは、幼児期から1つの競技に打ち込む「英才教育」を問題視する早稲田大学スポーツ科学学術院の広瀬統一教授(トレーニング科学)を取材した。広瀬氏は、「野球道」という言葉が示すように日本のスポーツ界にはびこる、1つの道を極める精神性を求める風潮に疑問を投げている。
――外国人アスリートには、複数の競技に秀でている選手が多いですね。
広瀬教授「はい。元大リーガーのランディ・ジョンソンは、野球だけでなく大学時代はバスケットでも名選手でした。元女子プロサッカーのアビー・ワンバックもバスケット、元プロサッカーのジュネジーヌ・ジダンは柔道、元アメリカン・フットのディオン・サンダースは野球でも活躍しています。日本でも元大リーガーの松井秀喜は小学校では柔道と両立させていましたし、スケートの高木美帆は高校生の時にサッカー日本代表(U-15)に選ばれています。元なでしこの海堀あゆみも高校までテニスと両立させていました」
――国際レベルの選手は、小さい頃に色々なスポーツをしていた人が多いという研究があるそうですが。
「2009年にベルギーのスポーツ医学専門家が、北京オリンピックの出場選手を調査した研究があります。それによると、国際レベルの選手の方が国内・地域レベルの選手に比べ、幼少時代のスポーツ経験が豊富で、小学校高学年から中学校にかけて、適性に合った競技をしぼりこんだケースが多いことが報告されています」
小さい頃から専門化すると「燃え尽き症候群」に
――小さい頃にいろいろな競技を経験した方がいいのはなぜですか。
「筋肉や骨格が未発達な子どもは、繰り返しの動作によって傷害が引き起こされる可能性が大人より高いのです。それを防ぐには、競技の専門的なトレーニングにかける時間をほかの運動に使い、体の様々な場所に負荷を分散させることが大事です。実際、トレーニング時間が長くなると、ケガの発生率が高くなることが報告されています」
――1つだけの競技を小さい頃から続けていると、バーンアウト(燃え尽き症候群)になるという問題もありますね。
「多くの子どもが高校生になると、スポーツをやめてしまう一方、その頃から優れた才能を発揮する選手もいます。複数のスポーツを経験することが、物の捉え方の幅を広げてくれます。だから、あまり早くから特定のスポーツに没入してしまうのはさけた方がいいでしょう」
――しかし、現実には部活の朝練、昼練、放課後練と1つの競技漬けになる子どもが多いです。親はどういう点に気をつければいいでしょうか。
「まず重要なのは、大人が多様な運動を行うことや遊びの重要性を認識することだと思います。子どもが10歳頃までは社会体育(クラブチーム)で活動することを中心にするのです。この時期には、学校で遊ぶ時間や場所をつくりだし、各クラブで専門競技以外の運動を行うといいでしょう。10歳をすぎた頃から徐々に専門競技への移行が始まります」
「私が米国で幼稚園児と小学校低学年児にサッカーを指導した経験からいうと、子どもは色々なスポーツを行っていましたが、その理由の1つが共稼ぎの親が多かったことです。両親のどちらかの仕事が終わるまで子どもは帰宅できません。そのため放課後の課外活動に色々なクラブに参加する子が多いのです。平日の5日間、月曜はテニス、火曜はサッカー、水曜はダンス、木曜はヨガ......などです。女性の社会進出の度合いが日米で異なる点が影響しているのかもしれません」
日本では、スポーツ教室に母親がベッタリついてくる光景がよくみられるが、それが結果的に母子双方にとってマイナスに働いているのだろうか。