1回の射精で放出される精子の数は数億個といわれる。そのうち卵子にたどりつき結合できる精子は、たった1つだ。命の誕生の陰で繰り広げられるミクロの世界のドラマチック、かつ切ない「精子の旅」......。
その精子が数学の方程式どおりの運動を行ない、卵子に向かう旅を続けることを京都大学の石本健太特定助教(物理学)らが発見、米国物理学会の学術誌「Physical Review Letters」(電子版)の2017年3月24日号に発表した。
「ハチミツの中を泳いでいる」精子の運動
スタンリー・キューブリック監督の名作SF映画に「2001年宇宙の旅」(1968年)があるが......。石本助教はJ-CASTヘルスケアの取材に「精子の旅」を強調してこう語った。
「生命の誕生は1つの精子と卵の出会いから始まります。しかし、その前に精子は他の多くの精子たちとの競争に勝たなくてはなりません。このような精子のダイナミックな姿を数式でシミュレーションしてみたい。そして、『精子の旅』の物語の全体像に迫りたいというのが研究の動機です」
石本助教が精子の動きの解明に使った数式は「ストークス方程式」だ。精子は「べん毛」と呼ばれる長い尻尾を使い、精液や女性の体液の中を泳ぐが、ストークス方程式はミクロの生き物(微生物など)の周りの液体の流れを表す簡単な式だ。精子や微生物はサイズが小さいため周りの液体の粘度が高くなり、「ハチミツの中を泳いでいる」状態に例えられる。逆にいうと、精子の周りの流れを表す式から精子の泳ぎ方にアプローチできるわけだ。
石本助教らは、実際に人間の精子が泳ぐ様子を高速カメラで撮影した。映像解析を行ない、精子をコンピューター画面上に再構築した。そして、ストークス方程式をコンピューターで解くことによって精子の運動を計算し、コンピューター画面上で泳がせたところ、実際のカメラの映像と同じ動きをすることを確認した。精子は方程式どおりに泳ぎ回るのだ。
さらに、精子の周りの流れを方程式から調べると、複雑な動きの中にも一定のパターンがあった。これまでは精子は尻尾を使い、押し出すように進むと考えられてきたが、流れのパターンを分析すると、単純に押し出しているのではなく、ひねりながら押したり引っ張ったりを繰り返すリズミカルな運動をしていることがわかった。石本助教はこう語る。
「これはコンピューター上で方程式を解くことによって、初めてわかった発見です。実際に精子の動きを、周りの流れから観察で確かめるのは難しいです。『数理の目』で、これまで見えなかった精子の運動の様子を見ることができるようになったことが、今回の研究の成果です」