南米のアマゾン川流域に住む先住民の「チマネ族」の人々が、世界でいちばん血管年齢が若いという研究がまとまった。心臓病になるリスクが、現代医療が最も進んでいる米国人の5分の1以下だという。
研究成果は科学誌「Lancet」(電子版)の2017年3月19日号に発表された。狩猟と採集、魚捕りで暮らす人々の健康の秘密はどこにあるのだろうか。
血管年齢の若さは米国人の6~17倍
同誌論文によると、研究をまとめたのは米ニューメキシコ大学のヒラード・カブラン教授らのグループだ。南米ボリビアに住むチマネ族の85の村を訪れ、2014~2015年の2年間にわたり一緒に生活、健康調査を行なった。対象者は40~94歳の中高年男女705人。体重、年齢、心拍数、血圧、コレステロール値、血糖値、炎症を測定、さらに心臓のCTスキャンをとり、動脈硬化の度合いを測り、全員の心臓病リスクを調べた。
心臓病リスクには、「高血圧」「動脈硬化」「高脂血」「高血糖」「糖尿病」「喫煙習慣」など様々な要因がある。調査の結果、チマネ族の人々の心拍数、血圧、コレステロール値、血糖値はすべて低めだった。このため、チマネ族の人々の約9割(705人中596人、85%)が、心臓病リスクがまったくなかった。「低リスク」の人が89人(13%)で、「中~高リスク」の人は20人(3%)しかいなかった。この傾向は高齢になっても持続し、75歳以上48人のうち31人(65%)が「リスクなし」、「低リスク」が13人(27%)、「中~高リスク」が4人(8%)だった。
カブラン教授によると、こうした驚くべき調査結果は、これまで記録に残っている人間集団の心臓病リスク研究では、最も低いデータだという。ほぼ同じ年齢集団の米国人(45~84歳・6814人)を対象にした研究では、「リスクなし」が14%(チマネ族の6分の1)、「中~高リスク」が50%(同17倍)だから、チマネ族の人々は米国人より6~17倍、血管年齢が若いことになる。ちなみに、チマネ族の人々の「炎症」は、705人中360人(51%)が高目だった。
研究チームが調べたチマネ族の人々のライフスタイルは、狩猟と採集、小規模な農業が中心だ。男性は動物、鳥を狩り、魚を捕る。女性は果物や木の実(ナッツ類)、バナナなどをとり、コメやトウモロコシ、キャッサバなどを収穫する。1日に男性は6~7時間、女性は4~6時間活発に動き回る。食事はコメやトウモロコシなどの炭水化物が72%を占める。タンパク質(14%)は狩りの獲物の動物や魚からとっているが、野生動物のため脂肪が非常に低い。また、バナナやナッツ類から食物繊維をたっぷりとっていることが血管の若さを保つことにいいようだ。
カブラン教授は論文の中でこう語っている。
「チマネ族の人々は、ほとんどが心臓病をわずらうことなく生涯を終えます。食事中に占める脂肪が14%と非常に低いことと、狩猟や採集で毎日運動していること、そして果物や野菜の食物繊維をたっぷりとること、さらにタバコを吸う習慣がないことなどがいい影響を与えていると考えられます」
母乳に有益なオメガ3脂肪酸がたっぷり
実は、チマネ族は「健康民族」として過去に何度か研究の対象になってきた。2012年に米カリフォルニア大学が行なった調査では、チマネ族の女性の母乳には、米国人女性と比較して有意に高濃度の有益なオメガ3脂肪酸が含まれていることが報告された。また、2015年に行なわれた同大の別のチームの研究では、不眠症や睡眠障害に悩む人はゼロだった(米国人では20%以上)。日没とともに眠り、日が上がると目覚める。夜間の最も気温が下がる時間帯に最も眠りが深くなる。日の光と気温の変化のサイクルに応じて眠るメカニズムになっている。自然の理にかなっているわけだ。
また、2014年に科学ジャーナリスト、モイセズ・ベラスケス=マノフ氏が出版した『寄生虫なき病』(文藝春秋社)にもチマネ族が出てくる。この本は、著者がチマネ族の元を訪れるところから始まる。現在も石器時代のような生活を送る彼らは、微生物や寄生虫がうようよいる環境で暮らしている。チマネ族は、心臓病の重大な原因となる「炎症」を引き起こす人が多いのに、心臓病がほとんどないのはなぜか。また、文明病といわれるぜん息などのアレルギー、乳がん、前立腺がん、大腸がん、卵巣がん、精巣がんが皆無といわれるのはなぜか。それは、チマネ族の人々がほとんど全員、鉤虫(こうちゅう)と呼ばれる寄生虫に感染しているからだという。寄生虫が体内にいることによって、免疫力を高めていると著者はいう。
ただし、この本では成人になったチマネ族の人々は健康だが、乳児や子どもの死亡率が非常に高いことも指摘している。