親の言うことを聞かず、じっとしていられない。すぐに気が散ってしまってなかなか宿題が進まない――。親を困らせる子どもの発達障害「注意欠如・多動性症」(ADHD)の行動療法について、沖縄科学技術大学院大学の研究者たちが、新しいプログラムを完成させた。
研究成果は、日本心理学会の英文機関誌「ジャパニーズ・サイコロジカル・リサーチ」(2017年1月号)に発表された。英国で行なわれている「ニューフォレスト・ペアレンティング・プログラム」を日本の家族・子育て事情に合わせてアレンジした。J-CASTヘルスケアでは、研究チームの島袋静香博士に、いったいどういう行動療法なのか、そしてADHDの子を持つ親は、どう子どもと向き合っていけばよいのか、インタビューした。
「待つことが苦手」だから友だちにちょっかいを
――英国のプログラムを日本の親向けに変えたということですが、どこを変えたのでしょうか。
島袋静香さん「初めに行った予備研究では、日本の母親たちは、『もっとADHDの原因を詳しく知りたい。なぜ、自分の子は他の子が出来ることがうまくできないのか、その理由を知りたい』という気持ちが非常に強いのです。そこで、行動療法に入る前にADHDを理解してもらうため、生物学的な理由があることをより詳しく説明するようにしました。ADHDは神経生物学的な障害であるということです」
「よく、ADHDの症状として次の3つが言われます。(1)忘れ物、なくし物が多いなどの『不注意』、(2)落ち着いて座っていることができないなどの『多動性』、(3)欲しい物があると自分の順番を待つことができない、または聞かずに奪い取ってしまうなどの『衝動性』の3つです。ある研究者たちの間では、待つことに対して強い嫌悪感を感じるために、その状態から逃れようとすることで、不注意や多動・衝動的な行動を示すという考え方が議論されています」
――待つのが苦手であることが、ほかの症状の原因になっているかもしれないということですか。
「ADHDの根底部分に『遅延嫌悪』ということが関係しているのではないかという、これまで言われてきた原因論とは少し異なる視点です。待つことができないので、友だちにちょっかいを出すことで、じっと待つことを逃れることができます。そういうADHDの子の行動の根本となる原因について母親たちに詳しく説明するようにしました」
「もっと頑張れ」と言わず、「スゴイ、よくやったね」
――日本の親はほめることが苦手である、もっとほめましょうと論文の中で強調していますが、どういうことでしょうか。
「日本人は、子育てをするうえで『反省する』『努力する』ことを大事にします。欧米人に比べ、素直に子どもをほめることが苦手な親が多いと思います。例えば、子どもがテストで80点を取っても『スゴイ、よくやったね』となりません。『どこをミスしたの? もう少し頑張れば90点とれたのに』と、もっと努力することを重視してしまいがちです。私たちは、ささいなことでも『ADHDの子は1日10回ほめてください』と勧めています」
――1日10回ですか。いいアドバイスですね。研究に参加した母親たちはほめていましたか。
「1週間ためしてもらい様子を聞くと、『全くほめられなかった』『ほめようと思って子どもを見ていたが、ほめるところがなかった』『ほめたいと思っていても、なぜかほめられなかった』という母親がいます。確かに、ADHDの子は反抗的な問題行動をとりがちで、ほめにくいことはわかりますが、ADHDの根本的な原因からいっても、ほめることがとても大切なのです。脳には報酬を得た時や将来得られると想像した時に神経伝達物質のドーパミンが分泌されます。幸せな気持ちなったり、やる気が出たりする物質ですが、ADHDの子は、ドーパミンの分泌に問題があり、勉強を続けたら100点が取れる、などの長期的な報酬に対する期待に動機付けられていい行動を繰り返すこと(学習)が難しいのです」
説明や前置きを言わず、シンプルに指示を出そう
――ADHDの子は「ほめてあげる」、ほかに大切なことは何でしょうか。
「シンプルに指示を出すということです。ADHDの子は、すぐほかのことに注意をそらし、集中することができません。また、言われたことをすぐに忘れてしまいます。たとえば、8時半までに学校に行くために、準備をして8時15分に玄関を出る必要があるとします。母親が『お母さんは会社の仕事が色々あって忙しんだから......』と自分の事情を話しても、それらは子どもには関係のない情報です。集中して聞くことや記憶することが苦手ですから、単刀直入に『8時15分に玄関に来てね』と言いましょう」
――文句や前置きを言わず、できるだけ少ない言葉で伝えるわけですね。
「はい。伝えたい情報だけを与えるのです。文句を言うと口論の原因にもなります。また、大声や怒鳴り口調にならず、落ち着いて淡々と話すことが大事です。それから、家の中で決まり事を作りましょう。報酬と罰のルールを作るのです。いいことをすれば、ほめてあげたり、本読みをしてあげたり、喜ぶことをするといいでしょう。ADHDの子は兄弟げんかが多くなりますから、妹を叩くなどの危険行為には罰をもうけます」
――どんな罰がいいのですか。
「罰と言っても、叩いたりするという意味ではありません。ADHDの子は何度もミスを犯しますから、簡単で何回も繰り返すことができる罰がいいです。ゲームをする時間を15分間減らすとか、楽しいことを少し減らすなどです。子どもと一緒に決めるといいでしょう。大事なのはトライできるチャンスを与えることです。何か月も前から楽しみにしていた遊園地や友だちの誕生会に行かせないといった重い罰はやりすぎです」
不安から電話のコンセントを引き抜く母親
――ADHDの子を育てていると、母親のストレスは大変なものですね。プログラムの中に、母親に向けた講座が盛りだくさんにあるそうですが。
「母親自身が、心理面での健康を保ち、意識改革をすることがとても大切です。プログラムでは、日々子育てで感じているストレスについて話します。子育ては長期戦ですから、まずお母さんの健康がいかに大切かについて気づいてもらうのです。また自分の思考と感情と行動のパターンを見つめ直すことも行います。例えば、午前中に自宅の電話のコンセントを引き抜いている母親がいました。電話がかかってくると、とっさに『うちの子がまた何かやったのか』と思い、不安になるからです」
「別の母親は、家でずっとテレビを見ている子を見ると、何も言えなくなり気持ちが落ち込むそうです。『宿題やりなさい』と注意したいけど、聞いてくれない、反抗されるに決まっている。何度もイライラする経験を繰り返してきて、すべてが空しくなると言います。テレビを見ている子を見た途端、自動的にパターン化した考えや感情が湧いてきて、消極的な行動をとってしまうのです。母親たちが体験談を語り合い、自身のそのような思考と感情と行動の仕組みを知ることで、積極的なパターンへ再構築してもらうのです」
――なるほど、まず母親自身が変わることが大事なのですね。
「それと、母親たちにコミュニケーションスキルを磨いてもらいます」
母親はコミュニケーション技術を磨こう
――子どもとのコミュニケーション方法ではなく、ですか?
「はい。一般的に誰にでも通用するコミュニケーション技術の向上です。ADHDの子を持つと、学校の先生や医師と話をする機会が増えます。ほかの子とトラブルになることや、成績が落ちてくる場合が多く、周りの人にADHDを理解してもらったり、色々なことをお願いしたりする立場になります。また、家の中では、ADHDについての理解不足によって、家族から『わがままな子だ』と叱られるケースや、頻繁にほめるといったADHDの子に効果的な子育て法に賛同を得られないケースがあります。ほめにくい環境を変えるには、家族に理解されないといけません」
――具体的には、どういう方法でコミュニケーション技術を磨くのですか。
「母親たちに、要望したいことを整理してもらいます。何をどこから話したらいいかまとまっていないことが多くあるからです。うまく話せるか自信がない方もいます。効果的に伝えるための下準備をして、それを参加者全員に母親役、先生役、子ども役、祖父母役などになってもらい、ロールプレイング(役割演技)によって練習を行ないます。お互いにやってみると、ずいぶん効果があがりますよ」
――最後にADHDの子を持つ親たちにアドバイスをお願いします。
「ADHDの子を持つと、『(いけないことを)わざとやっているのか』『親をバカにしているのか』『できるのにやらないのか』と思ってしまうことがあるかもしれません。ADHDが脳内の神経生物学的な理由によって生じるものであることを理解し、子どもの行動を見てあげてください。些細なことでもいいですから、いいことをしたら具体的に大げさにほめてください。それと、自分だけで頑張らないで。成人まで長い道のりですから、得られるサポートはできるだけ多くもらいましょう。何より自分の健康が大事です。ストレスをためないで。いい香りのお風呂に入るとか、音楽を聞くとか、息抜きの方法を見つけてください」