新年度のスタートを目前に控えた毎年3月下旬は、進学や就職などに伴う引っ越しのピーク期だ。そんな中、インターネット上には、新居の隣人にそばを配る「引っ越しそば」という風習の意味を「誤解」した書き込みが相次いでいる。
「引っ越しそば作って食べた」「引っ越しそば食べに来てる」――。このように、引っ越しそばの風習を「引っ越し先でそばを食べること」と勘違いしているユーザーが続出しているのだ。
「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配る蕎麦」
引っ越しそばの意味を「広辞苑」(第6版)でひくと、
「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配る蕎麦」
とだけ説明されている。決して、新居に引っ越した際に食べるそばを指す言葉ではないのだ。
だが、引っ越しそばの意味を誤解している人は多い。実際、2017年3月現在、引っ越しを終えたことを報告しているツイッターユーザーの書き込みをみると、
「引っ越しして新しい家で引っ越し蕎麦食べた」
「引っ越しそば こうして私の一人暮らしは幕を開ける・・・」
「予定どおり引っ越しを終え、早めの夕飯は『引っ越しそば』」
などと勘違いしている投稿が目立つ。
さらに、リサーチ会社のマクロミルが2016年2月に実施したネット調査では、10代から50代の男女1696人のうち、引っ越しそばの意味を正しく理解しているのは27.3%。約半数の48.9%が「引っ越し先でそばを食べる」ことだと勘違いしていた。
いったいなぜ、引っ越しそばをめぐる誤解はここまで広がったのか。その理由について、そば粉生産で国内最大手の老舗製粉メーカー・日穀製粉(長野市)の品質保証部の担当者に聞いた。
引っ越しそばの風習に起きた「逆転現象」
日穀製粉の担当者はまず、引っ越しそばという風習の由来について、
「引っ越しの挨拶にそばを配るようになったのは江戸時代中期、江戸の町人文化が始まりです。それまでは小豆粥や餅を配っていたようですが、より安価なそばを配るようになったと言われています」
と説明。また、引っ越しでそばを配ることには「お側(そば)にやってきました」「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味合いもあると言われるが、
「こうした洒落のような意味合いは、後から付け加えられたようです」
とも話す。
では、現在のように「引っ越し先でそばを食べる」という誤解はどのように広まっていったのか。担当者は「風習が変化したと考えた方が適切かもしれません」と前置きした上で、次のように説明する。
「大正時代頃から、生のそばの代わりに専門店が発行する『そば切手』という商品券を隣人に配るようになりました。その切手を頼む際に、自分たちが食べる分のそばを店屋物で注文する人が増えたようです」
このように、本来の引っ越しそばの風習から派生する形で、「新居でそばを食べる」という行為が広まった。だが一方で、おおよそ昭和の初め頃から、隣人にそばを配るという風習だけが徐々に廃れていくことになった。
その結果、現在のように引っ越しそばの風習を「自分で食べるもの」と考える人が続出することになったという。担当者は、
「つまりは、引っ越しそばの風習には大きな『逆転現象』が起きたんです」
と結論付けた上で、そばを「配る」風習だけが廃れた理由については、一軒家やマンションの増加による「居住環境の変化」に伴って、
「隣人や大家へ挨拶する文化自体がなくなったことが原因の一つではないか」
とも推測していた。