引っ越しそばの風習に起きた「逆転現象」
日穀製粉の担当者はまず、引っ越しそばという風習の由来について、
「引っ越しの挨拶にそばを配るようになったのは江戸時代中期、江戸の町人文化が始まりです。それまでは小豆粥や餅を配っていたようですが、より安価なそばを配るようになったと言われています」
と説明。また、引っ越しでそばを配ることには「お側(そば)にやってきました」「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味合いもあると言われるが、
「こうした洒落のような意味合いは、後から付け加えられたようです」
とも話す。
では、現在のように「引っ越し先でそばを食べる」という誤解はどのように広まっていったのか。担当者は「風習が変化したと考えた方が適切かもしれません」と前置きした上で、次のように説明する。
「大正時代頃から、生のそばの代わりに専門店が発行する『そば切手』という商品券を隣人に配るようになりました。その切手を頼む際に、自分たちが食べる分のそばを店屋物で注文する人が増えたようです」
このように、本来の引っ越しそばの風習から派生する形で、「新居でそばを食べる」という行為が広まった。だが一方で、おおよそ昭和の初め頃から、隣人にそばを配るという風習だけが徐々に廃れていくことになった。
その結果、現在のように引っ越しそばの風習を「自分で食べるもの」と考える人が続出することになったという。担当者は、
「つまりは、引っ越しそばの風習には大きな『逆転現象』が起きたんです」
と結論付けた上で、そばを「配る」風習だけが廃れた理由については、一軒家やマンションの増加による「居住環境の変化」に伴って、
「隣人や大家へ挨拶する文化自体がなくなったことが原因の一つではないか」
とも推測していた。