「アメリカを分断しているのは、そう言っているアカデミー」
私はその日の午後、パーティの前に反トランプ派の集会を取材し、トランプ支持派の人たちとも話した。
パーティで初対面の女性にその時の様子を聞かれたので、「トランプが入国規制しようとしている特定7か国は、オバマ政権下ですでに『懸念対象国』として挙げられていた」というトランプ支持者の声を伝えると、「でもオバマはトランプのように、入国を禁止していないわ! オバマはトランプとは、まったく違うわ!」と声を荒げた。
私は穏やかに話していたつもりだが、せっかくの楽しい夜を台無しにしたくなかったので、徐々に話を変えた。
今年のアカデミー賞授賞式の視聴率は、過去9年間で最低だった。大ヒットした作品が少なかったことに加え、ハリウッドのイベントでの政治的発言は珍しくはないものの、今回はトランプ批判が激しいと予想されたため、と専門家は分析している。
授賞式を見たトランプ派の男性は、憤慨しながら私に言った。
「団結を呼びかけていたけれど、アメリカを分断しているのは、そう言っているアカデミーの本人たちじゃないのかい。あれじゃ、主役は映画じゃなくて、トランプだ。トランプに主演男優賞をやったらどうだい?」
昨年のアカデミー賞では、2年連続で主要部門にノミネートされた俳優が白人に偏っていると批判され、授賞式のボイコット騒ぎや抗議デモが起きた。今年はイラン人の監督に外国語映画賞が与えられたが、監督はイスラム圏7か国に対する措置に抗議し、授賞式を欠席した。そして、作品賞は、カードの渡し間違いで、どんでん返し。最終的に黒人の少年の心の成長とアイデンティティを描いた「ムーンライト」と発表された。
「人種差別を批判されていたアカデミーが、反トランプの波に乗って、こうした授賞結果にしたのではないか」といううがった見方もある。
私をアカデミー賞のホームパーティに誘ってくれた友人が、トランプの大統領当選が決まる直前に言っていたことを思い出す。
「あまり賢くない人たちが、demigod(半神)を求めている。すぐに簡単に問題を解決してくれると信じて。トランプは、知識も中身もない危険な男。ヒトラーとよく似ているわ。私も友だちも全員、ヒラリー支持よ」
そして、民主党支持者の多いニューヨークでは今、今回のアカデミー賞のどんでん返しにひっかけて、こんなジョークが飛び交っている。
「あ、すみません。間違いです。大統領はドナルド・トランプではありません。ヒラリー・クリントンです!」
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。