北朝鮮の金正男氏(45)の暗殺事件をめぐり、中朝間のすきま風が強まっているようだ。中国はこれまで事件についてほとんど報じてこなかったが、国営中央テレビ(CCTV)が平壌からのレポートを交えながら約10分にわたって伝えた。
中国は北朝鮮の核開発に反対する立場から、国連の制裁に参加し、年内の石炭禁輸を発表している。このことを北朝鮮の国営メディアが「定見もなく米国の拍子に踊っている」と強烈に中国を批判したため、中国が対抗措置に出たとの見方が広がっている。
「北朝鮮国籍の男性からVX検出」
韓国メディアなどによると、中国国営中央テレビは2017年2月24日午前のニュースで、クアラルンプール、ソウル、平壌からの記者レポートを交えながら約10分間にわたって暗殺事件について報じた。「北朝鮮国籍の男性」の遺体から猛毒のVXが検出されたこと、マレーシアの政党関係者が北朝鮮大使館前でデモを行ったこと、韓国政府の反応など、北朝鮮にとってマイナスになる内容も多く含まれている。平壌からは、国営朝鮮中央通信がマレーシア側の対応を批判したり、韓国による陰謀説を主張してたりしていることを伝えた。
ただし、この日のニュースには、「金正男」の名前は登場せず、「北朝鮮国籍の男性」とのみ伝えた。
この異例の報道には、「伏線」があるとの見方が多い。中国は2月18日、17年中の北朝鮮からの石炭の輸入停止を発表した。16年9月の核実験を受けて16年11月に採択された国連安保理の制裁決議では、石炭輸入の上限を年間750万ドルか約4億ドルに制限している。中国の商務省は、今回の輸入停止は、この上限に近づいたための措置だと説明している。北朝鮮は、この対応に強く反発している。
北朝鮮、中国を「『友好的な隣国』と言う周辺国」
国営朝鮮中央通信は17年2月23日、
「汚らわしい処置、幼稚な計算法」
と題した記事を配信。中国を名指しこそしなかったものの、「友好的な隣国」という表現で中国を非難した。
朝鮮中央通信の主張によれば、北朝鮮が2月12日に発射した弾道ミサイルについて、世界中のメディアが「戦略的優越性の一大誇示となる」と評したが、「折に触れて『友好的な隣国』と言う周辺国」だけが
「『初期段階にすぎない核技術』だの、『朝鮮は一番大きな損失を被ることになるだろう』だの、何のとしてわれわれの今回の発射の意義をダウンさせている」
と主張。中国がミサイル実験に反対したことへの恨み節をぶちまけた形だ。これに加えて、制裁措置への不満もあらわにした。
「特に、法律的根拠もない国連の『制裁決議』を口実にして人民の生活向上に関連する対外貿易も完全に遮断する非人道的な措置もためらわずに講じている」
「それでも大国と自称する国が定見もなく米国の拍子に踊りながらも、あたかも自国の汚らわしい処置がわれわれの人民生活に影響を及ぼそうとするものではなく、核計画を阻むためのことだと弁解している」
こういった経緯から、韓国メディアからは、今回のCCTVの報道が
「中国の石炭輸入禁止措置を(北朝鮮が)強く非難したことに対する対抗という観測が出ている」(東亜日報)
といった指摘が相次いでいる。
中国外務省「報道とマレーシア側の発表には留意している」
国営メディアとは対照的に、中国外務省は現時点では抑制的な対応を続けている。耿爽副報道局長は2月24日の会見で、朝鮮中央通信の中国批判記事が両国関係に与える影響について、
「中国と北朝鮮は友好的な隣国だ。中朝関係を健全で安定した形で発展させられるよう、ともに努力していきたい。同時に、朝鮮半島における核問題についての中国の立場は明確で一貫している。このことは北朝鮮もよくわかっているはずだ」
と述べるにとどめた。暗殺事件については、遺体からVXが検出されたことについて
「VXは国連では大量破壊兵器(WMD)に分類されている。使用が本当であれば、北朝鮮がマレーシアでWMDを使用したことをどう受け止めるか」
と問われ、
「報道とマレーシア側の発表には留意している。この事件の進展も見守っている。これまでにも指摘したように、北朝鮮国民のマレーシアでの死亡事案であり、マレーシア側が捜査中だ。関係者間で対話や協議を通じて適切に問題が解決されることを望んでいる」
と、引き続き事件と距離を置いている。
正男氏は家族とともにマカオを拠点に暮らしており、中国当局の保護下にあるとみられてきた。中国からすれば保護下にある人物を暗殺された形で、事件への対応が注目されている。