北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏(45)の暗殺事件で、マレーシア警察は2017年2月24日、遺体から猛毒のVXが検出されたと発表した。VXは、日本でもオウム真理教が襲撃事件で使用したことで知られている。
マレーシア警察は、実行犯は「素手」で犯行に及んだと説明しているが、仮にVXだとすると「素手なら絶対死ぬ」と専門家は指摘している。
サリンよりもはるかに高い毒性、致死量は数ミリグラム、
マレーシア警察の発表によると、金正男氏の遺体の目の粘膜と顔から採取された物質を分析したところ、VXガスが検出された。VXは、サリンと同じ有機リン系化合物で、皮膚に触れたり、吸い込んだりすると神経に作用して呼吸ができなくなり、数十分で死に至るという。致死量は数ミリグラム程度で、毒性はサリンよりもはるかに高いとされる。常温ではオイル状で無臭。揮発性が低く、持ち運びも容易だ。
オウム真理教が1994年から95年にかけて3回にわたって起こした事件では、いずれもVXを注射器に入れ、被害者の後頭部付近にかける手口で襲撃。VX中毒で1人が死亡し、2人が負傷した。
オウム真理教による2つのサリン事件(1994、95年)、和歌山ヒ素カレー事件(98年)といった多くの事件の鑑定に携わった九州大学の井上尚英名誉教授(神経中毒学)は、今回の事件も
「注射器で運んだのではないか」
とみている。
ただ、マレーシア警察が、犯行が「素手」で行われたと説明している点について、VXは皮膚に触れただけで吸収されるため、
「素手なら絶対死にます」
と懐疑的だ。そのため、
「実行犯は、おそらく、手袋していたのではないか」
と推測。具体的には、手袋の上からVXを染み込ませたスポンジを持って犯行に及んだのではないか、とみている。
一時、別の毒物「パラチオンメチル」との報道も
実行犯は犯行直後にトイレに駆け込んだことが防犯カメラの映像から明らかになっている。マレーシア警察はこの点を根拠に
「(実行犯は、自分が手にしていた物体が)毒物だということはよく理解していたはずだ。だから手を洗いに行かざるを得なかった」
と主張しているが、井上氏は、実行犯は手を洗っただけではなく、手袋やスポンジをトイレに流して証拠隠滅を図ったとみている。
マレーシア警察の「素手で犯行」という不可解な発表の背景については、
「警察は実行犯の供述をもとに発表したのだろうが、実行犯は『素手でやった』と供述するように北朝鮮から指示されたのでは」
と分析している。
正男氏の遺体から検出された毒物をめぐっては、朝日新聞が2月24日朝刊(東京本社最終版)で
「『パラチオンメチル』とみられる物質」
と伝えていたが、警察発表後に発行された夕刊(同)では
「捜査当局は当初、成分構造からパラチオンメチルという物質の可能性があるとみていたが、最終的に同じリンを主成分とするVXだと判断した模様だ」
と軌道修正した。