岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
安倍首相の表情、実はこう見られていた

糖の吸収を抑える、腸の環境を整える富士フイルムのサプリ!
「君の国の首相に会うなり、トランプが抱き寄せてハグしたんだよ。あんなこと、大統領は滅多にしないよ。心から歓迎している証拠だね」

   アメリカ人のトランプ支持派の友人は私の顔を見るなり、ホワイトハウスの前でトランプ大統領が安倍首相を迎え入れた時の様子を、興奮気味に話し始めた。

  • 実に19秒に及んだ2人の握手(写真:UPI/アフロ)
    実に19秒に及んだ2人の握手(写真:UPI/アフロ)
  • 実に19秒に及んだ2人の握手(写真:UPI/アフロ)

支持派と反対派で真逆の印象

   今回の日米首脳会談で、トランプ氏が安倍首相に見せた「親愛の印」。アメリカでも一部でそのように受け止められたが、逆に、反トランプ派の間では、これが格好のトランプ叩きの材料となった。

   まず、このハグが「安倍首相に対して失礼だ」という声がネットで蔓延した。

「あんなに荒っぽいハグをするなんて。しかも二度も。なんてガサツなやつだ。日本人はとても控えめなのに。本当に恥ずかしいよ」
「トランプよ、日本の政府関係者になれなれしくハグするとは。きちんと下調べをしなさい。日本人の文化を尊重し、お辞儀をすべきだろう」

   会談前に両首脳が握手を交わす映像が流れると、トランプ氏を毛嫌いする友人からすぐさまメールが届いた。

「トランプと握手し終えたあとの首相の表情、見た? 嫌なトランプとの握手からやっと解放された、って顔だったわよね」

   アメリカのメジャーなメディアも、「19秒間も続いた握手」、「ぎこちないやりとり」などと報道した。

   会談前の写真撮影で、両首脳は日本の報道陣の求めに応じて、握手を始めた。トランプ氏特有の、相手の手を掴んで自分に強く引き寄せる握手だ。

「トランプに対する嫌悪感」

   しばらくして、「こちらに目線をお願いします」と報道陣が日本語で声をかける。トランプ氏は意味がわからず、安倍氏に顔を近づけ、「彼らは、何って言ったんだい?」と尋ねた。

   安倍氏は満面の笑みでトランプ氏を見つめ、「Please. Look at me.(どうか。私を見てください)」と答える。

   「報道陣がそう言っている」という意味で伝えたつもりだった。が、「安倍氏がそう言っている」と理解したトランプ氏は、安倍氏をにっこり見つめ、握手し続けた。

   「プリーズ」のあとに少し間があり、安倍氏の表情や言い方からしても、トランプ氏が勘違いするのは不自然ではなかった。が、これに対しても、「そんなことが理解できないのか」とトランプ氏が批難された。

   誤解に気づいた安倍氏は、報道陣の方を見るように指さしたが、トランプ氏はその意味を理解せずに安倍氏を見つめ続ける。

   握手し終えた安倍氏は、椅子に座り直しながら、目をぐるりと回し、ため息を漏らしたような表情をした。

   自分が英語でうまく伝えなかったために、トランプ氏が勘違いしたことで、困惑し、「参ったな」と思ったかもしれない。長い間、笑顔で握手させられたことに、辟易したのかもしれない。あるいは、ただ単に視線をそらしただけかもしれない。

   しかし、米国では、安倍氏のあの表情を、「トランプの強引な握手に辟易していた証拠」、「トランプに対する嫌悪感が顔に出た」と受け止めた人が多く、ネット上でもトランプ批判の声が盛んに飛び交った。

「強く相手の手を引っ張る、威圧的な握手はとても失礼だ。まるで自分が優位に立って、安倍氏を見下しているようだ。他国の首脳とまともな挨拶もできないのか」
「安倍氏は腰を浮かして、今にも逃げようとしているではないか」

   「そもそも日本人は握手を好まないと、トランプに教える顧問もいないのか」などという極端な声まで聞かれた。

カナダ首相とは「熱いハグ」なし

   トランプ氏が、最高裁判事に指名したニール・ゴーサッチ氏と握手した時と同様、握手しながら安倍氏の右手の甲を左手で軽くポンポンと叩けば、「まるで子供扱いだ」とし、握手のあとでトランプ氏が報道陣らに礼を言いながら両手の親指を立てれば、「握手合戦に勝ったと誇っているのか」と批判した。

   トランプ氏の握手は、「自分が主導権を握り、相手を支配下に置こうとする意識の表れ」と分析する専門家も多い。

   その後、トランプ氏は、首脳会談に訪れたカナダのトルドー首相を、同じようにホワイトハウス前で出迎えた。が、熱いハグはなく、握手だけだった。トルドー氏はトランプ氏の肩を素早く左手で掴んで自分の体を固定することで、威圧的な握手攻撃を意図的に交わしたように見える。

   会談での握手も数秒間とあっさりしたもので、安倍首相の時とは対照的だった。同氏は、アメリカの政策には干渉しないとした上で、「国民の安全を確保しながら、移民や難民を受け入れる」自国の立場を明らかにした。

   政治の上で、握手は強力なコミュニケーション手段と考えられている。安倍氏への「親愛の印」は、何を意味しているのか。答えが出るのは、これからだ。(随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。


姉妹サイト