東京都の小池百合子知事が2017年2月3日の定例会見で、石原慎太郎元知事の「側近」として知られてきた浜渦武生・元副知事にも矛先を向けた。浜渦氏は、築地市場の移転先の豊洲の土地購入の経緯を知る「キーマン」でもあり、2月2日放送の「ゴゴスマ」(CBC)で、経緯の一端を明かしていた。
この番組の中で浜渦氏は、16年夏の都知事選で、小池氏から「選挙中に電話があった」と支援要請があったことも示唆したが、小池氏は「ご自分に非常に都合のいいように解釈をされている」「一度も私はお願いしたことはない」などと、浜渦氏に対し露骨に不快感を示した。小池氏は、土地購入をめぐって住民が起こした行政訴訟の対応をめぐり、石原氏の責任問題を再検討する新たな弁護団を発表したばかり。側近を含めた「石原都政」との対決姿勢を改めて鮮明にした。
石原氏「全て浜渦に任せておりました」
石原氏は、用地取得の経緯などに関する東京都からの質問状に、
「私自身は交渉に全く関与しておりません。全て浜渦に任せておりました」
と回答。浜渦氏がキーマンとなっていた。浜渦氏は番組の中で、豊洲の土地が汚染されていたことは認識していたとして、
「汚染は解消できる。今のままで地震が来て築地が倒れた方が、よっぽど困りますね」
などと説明。処理費用については、交渉では汚染の処理は東京ガスが行うことで話がまとまっていたというが
「これは水面下の話。会議では出来る話ではないんです」
などと、内々の合意はあったが浜渦氏の退任後に反故にされたとの見方を示し、
「私が一番疑問なのはそこ。私がいれば、こんなことにはなってない」
と語気を強めた。また、都議会特別委員会が求める参考人招致や、設置が取り沙汰されている百条委員会についても、招致されれば出席する意向を示した。
住民による行政訴訟では、原告は、都が石原氏に対して土地購入代金を請求すべきだと主張しているのに対して、都はこれまで、石原氏の賠償責任はないとの立場を取ってきた。しかし、小池氏は1月20日の会見で、従来の立場を再検討することを表明し、2月3日の会見で新たな弁護団を発表した。浜渦氏の証言は、この訴訟にも影響を与える可能性がありそうだ。
浜渦氏「都知事選中に電話があったが出なかった」
浜渦氏は2日の番組の中で、都知事選で「選挙参謀として小池氏を支援した」という噂について、
「手伝っていない。選挙中に電話があったが出なかった」
と述べた。小池氏はこの発言を念頭に、3日の記者会見で、
「まあ、非常に自由にお話されていたように聞いているが、ご自分に非常に都合のいいように解釈をされていたことも、私の方から言わせていただくと、言えるのではないか。『選挙を手伝って』などということを一度も私はお願いしたことはないが、選対がどうのこうのと言っていて、今、そういうチェックもしているところ」
と露骨に不快感を示した。
小池氏はその上で、自身が1993年7月の衆院選で、参院議員からくら替えする形で旧兵庫2区から日本新党公認で出馬した際のエピソードを唐突に暴露し、
「思い出すのは参議院時代に私の部屋に来て『兵庫県からは衆議院の選挙は出ないでね』とおっしゃりに来られました。大体、そう言われると出たくなる方なので、私は出馬したということ。何ら選挙のことで、私自身がお願いしたことはない。それをあたかも頼まれたかのようにおっしゃているのは、それは浜渦流だと思っている」
と、重ねて浜渦氏の発言に反論した。
浜渦氏は、古くは国会議員時代の石原氏の秘書を務めており、石原氏の都知事転身後は特別秘書や副知事として石原氏を支えてきた。小池氏の父親は、石原氏の政治団体「日本の新しい世代の会」の支援を受けて1969年の衆院選で旧兵庫2区から出馬し、落選した経緯がある。小池氏の発言の背景には、こういった「積年の因縁」があるとみられる。
小池氏は、浜渦氏の今後の発言についても、
「いずれにしてもキーマンでいらっしゃいましょう。どんどん発言されればよろしいのではないでしょうか。違う部分については、私も色んな形で違うということは言っていくことになると思う」
と突き放していた。