種を超えては感染しないといわれる鳥インフルエンザウイルスだが、いま中国でヒトへの感染事例が爆発的に増え、香港当局は旧正月を機に警告を発した。
世界保健機関(WHO)も、かつてのスペインかぜ(1918年)のように、ヒトが基本的に免疫を持たないために重症に陥る新型インフルエンザに変異することを恐れ、全世界に警告を呼びかけるほどになっている。
種を超えて感染しないはずが...
香港の衛生防護センター(CHP)は2017年1月22日付で春節を利用して中国本土へ行く予定の旅行者に警告を発した。このなかで、中国での鳥インフルのH7N9型ウイルスに感染した人が、1月だけで111人に達していることを明らかにしている。毎年、感染者は出ているが、1カ月という短期間で100人を超える感染者が報告されるのは尋常ではない。
危機感を募らせるWHOのマーガレット・チャン事務局長は、中国での感染者が今季(16年秋口から)、すでに225例に達し、過去4年の致死率は39%(未確定)にものぼっていることを明らかにすると同時に、「世界はインフルエンザパンデミックのための準備が必要だが、まだ十分ではない」と警告する異例のスピーチをしている。(ニューヨークタイムズ紙 1月25日付)
元々、鳥インフルエンザウイルスは、シベリアのカモの営巣地に常在していて、カモの腸管に宿って渡り鳥として南方に飛来するときに一緒に移動する。この段階ではまだウイルスには病原性がないが、中国で生きた鳥を扱う生鳥市場などで感染を繰り返すうちに病原性を獲得して、鶏などを殺す高病原性鳥インフルエンザウイルスに変異するといわれている。
最も懸念されるのは、この鳥インフルエンザウイルスが、いつヒトの間で世界的な大流行を引き起こす新型インフルエンザウイルスに変異するかだ。型の異なる複数のウイルスが鳥やブタのなかで交雑して遺伝子が入れ替わる「遺伝子再集合」によってヒトからヒトへ感染する能力を身に着けると、ヒトは新しい型のウイルスに対する免疫を持たないから重症に陥る。かつてのスペインかぜも、アジアかぜも、香港かぜも、パンデミックはすべてこうやって生まれた。こうした状況が、いま中国で起きつつあるのだ。
「鳥型のヒト」から感染が始まる
日本国内で16年11月から感染が広がっている鳥インフルのH5N6型のウイルスも、隣の韓国で、すでに330万羽を殺処分するなどの猛威を振るっている同型のウイルスも、遺伝子の解析から2年前に中国広東省で広がったH5N6型ウイルスの子孫であることがわかっている。ヨーロッパではH5N8型の鳥インフルウイルスが感染を広げている。中国では、ヒトへの感染が問題になっているH7N9型に加え、この2種のウイルスも蔓延している。複数の型の鳥インフルエンザウイルスが混在している今の状況は、いつヒト→ヒトの感染能力を身に着ける遺伝子再集合が起きるか予断を許さない状態ということになる。
京都産業大学の鳥インフルエンザ研究センターの大槻公一教授によると、「すでに中国では様々な型のインフルエンザウイルスが蔓延している状態とみてよい。北へ帰る渡り鳥が持ち帰り、シベリアの営巣地はウイルスで汚染されているはず。だから、今季、渡り鳥が飛来した直後から感染が拡大した。中国の状況は深刻だ」と説明する。
だが、そもそもなぜ種を超えて感染しないはずの鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染して発症させるのだろう。北海道大学の人獣共通感染症リサーチセンター統括でインフルエンザウイルスの専門家である喜田宏特任教授によると、本来、ヒトには鳥インフルエンザウイルスを受け入れる受容体がないから、基本的には感染しない。発症した人は、のどや上部気道に鳥型ウイルスの受容体を持つ「特異体質」のヒトに限られると分析する。つまり感染するのは「鳥型のヒト」ということになる。
確かに中国の感染者のほとんどは、鳥インフルエンザウイルスに感染した鶏やアヒルをさばいたり調理したりするなどの濃厚接触者がほとんどだ。一部では、その患者から家族などに感染した例はあるが、親きょうだいや子どもなど同じ遺伝子を持つ近親者がほとんどで、それ以外への感染例はが、ごくわずかだ。
とはいえ、最近の研究では、鳥インフルエンザウイルスは遺伝子の特定部分が少し変異するだけでヒトに感染するようになることや、のどなどの上部気道ではなく体温の高い奥の気道で増殖することもわかってきた。安心することはできない。
中国ではH7N9型の鳥インフルウイルスによるヒトへの感染事例が多いが、日本で流行しているH5N6型でも、中国では十数人の感染者が出ている。注意すべきは、死んだ鳥には近づかないことだ。飼っているイヌやネコが、死んだ鳥に触れないように注意が必要だ。
(ジャーナリスト 辰濃哲郎)