米国とメキシコの「国境の壁」の建設が、現実味を帯びてきた。米ドナルド・トランプ大統領が、強気の姿勢を崩さない。
米国とメキシコとの溝は深まるばかりだが、その一方で米株式市場はダウ工業株30種平均が1896年の算出開始から初めて2万ドルの大台に乗せた。トランプ大統領が掲げた大規模な減税やインフラ投資などの「米国ファースト」政策で、米国経済が活性化するとの期待が高まっている。しかし、その中身をみると、意外な企業が株価を伸ばしている。
メキシコとの首脳会談は急きょ中止
トランプ大統領がぶち上げた、不法移民の流入防止のため両国の「国境の壁」の建設をめぐっては、対話どころか、より対決姿勢が鮮明になったようだ。
米国のドナルド・トランプ大統領は2017年1月26日のツイッターで、「壁の建設費用をメキシコが払いたくないなら、首脳会談は中止したほうがよい」と投稿。同日、米スパイサー大統領報道官が、メキシコとの「国境の壁」の建設財源として、「メキシコなど貿易赤字相手国からの全輸入品に20%課税し、その税収を充てる構想を持っている」ことを明らかにした。
一方、トランプ大統領が要求する国境の壁の建設費用の負担を拒否するメキシコのペニャニエト大統領も1月26日、31日に予定されていたワシントンDCでのトランプ大統領との首脳会談を中止することを、ホワイトハウスに正式通知したと発表した。
メキシコでは、「国境の壁」建設に加えて、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しなどを強硬に迫るトランプ大統領への反発が強まっている。
トランプ相場は「第2弾」に突入
そうしたなか、米ニューヨーク株式市場は1月25日、ダウ工業株30種平均が続伸。前日比155ドル80セント高の2万0068ドル51セントで取引を終え、1896年の算出開始から初めて2万ドルの大台に乗せた。16年12月20日以来、約1か月ぶりに過去最高値を更新。翌26日も、前日比32.40ドル高の2万100ドル91セントと3日続伸して、連日の過去最高値更新となった。16年11月8日の米大統領選でトランプ氏が当選して以降の上げ幅は1700ドルを超えている。
大規模な法人税減税や「10年で1兆ドル」ともいわれるインフラ投資、規制緩和を掲げたトランプ大統領の経済政策への期待と、相次いで発表されている米国の主要企業の2016年10~12月決算が好調だったことが「買い」材料となって勢いをつけた。
米国経済に詳しい、第一生命経済研究所経済調査部の主任エコノミスト、桂畑誠治氏は、「トランプ相場は『第2弾』に入っています。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱をはじめ、トランプ大統領が就任後、次々と大統領令にサインして政策を推し進めています。『米国ファースト』が期待感から、より現実味をもって受けとめられてきたということです」と、米国株の上昇要因を説明する。
「壁」建設でメキシコ企業株が...
さらに桂畑氏は、当面はこの流れが続くとみている。「現在の予算は4月28日までの暫定予算で、今後9月末までの予算を策定していきます。メキシコとの『国境の壁』の予算もこの中に入ってくるのでしょうが、たとえばインフラ投資の規模が大きくなれば、5、6月にはトランプ相場の『第3弾』がありそうです」と話す。
好調な米国株式市場にあって、値を上げていのは金融や建設、機械、IT(情報技術)・通信、資本財・サービスなど。その中で、注目されているのがセメントメジャーの一つ、「セメックス」だ。米国とメキシコの「国境の壁」の建設が現実味を帯びてきたことで、その材料となるセメントの需要が高まることの予測から、セメックス株は2017年1月25日の取引で一時2.6%も急上昇。52週(年初来)高値の9ドル51セントを付けた。終値は9ドル49セントで、年初から20.1%も上昇した。
1月27日付のブルームバーグによると、「メキシコ国境沿い壁の建設には150億ドル(1兆7000億円)以上のコストかかる見通し」とし、「国境の壁」の建設計画は、「建設業者や建設資材メーカーの見通しを明るくしているが、最大の勝者は米州最大のセメントメーカーであるメキシコのセメックスかもしれない」と指摘した。
米国株の上昇を後押ししている、その一翼を担うセメックスは皮肉にもメキシコの企業だったのだ。
メキシコ経済に詳しい、日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所・ラテンアメリカ研究グループの星野妙子上席主任研究員は、「セメックスは1990年代に米国に進出(99年に上場)。その一方で、米国では成熟産業が衰退に向かっていましたから、現地のセメント企業を買収して成長していきました」と話し、すでに米国に根ざしていると話す。
ちなみに米国のセメント業は、国内企業が消滅。セメックスとラファージュホルシム(2015年、スイスのホルシムと仏ラファージュが経営統合、米国では未上場)の2社の独占市場という。
米国への貢献大きいメキシコ企業
星野氏によると、米国で活躍するメキシコ企業には、パン・菓子パンやスナック菓子などのメーカー、Bimboなどもあるが、「米国企業が手を引いたような、ニッチな産業での活躍が目立ちます。たとえばBimboは米国の同業企業をいくつも買収して成長してきましたから、米国への貢献という点では大きいと思います」と話す。
つまり、米国企業が商品やサービスを提供できなくなった分野を、メキシコ企業が補うような格好で成長してきたといえそうなのだ。
ほかにも、世界一の富豪といわれるメキシコの実業家、カルロス・スリム・エルーは、「メキシコや米国の通信産業に多大な影響力をもっています。移民問題から『壁』の建設が取り沙汰されていますが、メキシコから米国への合法的な移民は1100万人で、さまざまな活動で米国経済に貢献しています」と説明。
星野氏は、「貿易交渉でも、物理的にも、『壁』をつくったからといって米国の利益にはなりづらいように思います」という。