ディー・エヌ・エー(DeNA)が、医療情報サイト「ウェルク(WELQ)」で科学的根拠が不明確な記事や無断転用の疑いを指摘され、WELQを含むキュレーションメディア10サイトの停止に追い込まれた。なかでもWELQは、生死につながる医療の誤った情報を、編集チェックなしに公開していたとして厳しく指弾され、インターネットメディアの医療や健康情報全体の信頼性の問題へと拡大していった。
医師たちは今回の「WELQ騒動」、ひいてはネットに加えて新聞やテレビといった既存メディアの医療・健康情報の取り扱い方をどう見ているのか。J-CASTニュースではDAA(アンチエイジング医師団)の3人の医師に、座談会形式で語ってもらった。
「サイエンス」と「ヘルス」は分けて報じるべき
【座談会出席者】
塩谷信幸氏(北里大学名誉教授、DAA代表)
山田秀和氏(近畿大学医学部奈良病院皮膚科教授、近畿大学アンチエイジングセンター 副センター長)
大慈弥裕之氏(福岡大学形成外科学主任教授・形成外科診療部長)
(司会はJ-CASTニュース編集部)
――「WELQ問題」では、信ぴょう性のない医療記事や、他所からの無断転載が批判されました。皆さんの率直な感想をお聞かせください。
塩谷 インターネットやテレビの情報は、玉石混交です。私はDAA(アンチエイジング医師団)を立ち上げ、信頼できる情報を医師から発信しようと活動を続けています。私がネットにかかわって驚いたのは、ネットの世界では「取材をしない」「情報はタダ」という考え方がある点ですが、今回の問題はまさに「来るべきものが来たのかな」と感じました。
大慈弥 形成外科の立場から話しますと、いろいろと言われているのが美容医療の分野です。問題のあるウェブサイトの規制やクーリングオフ、医師の質の担保、使用する材料・機器の安全性といった面で組織的に改善へと動いていますが、さらにネット上の怪しげな情報の対策も必要になってきました。患者は、ネット情報を含めていろいろと調べてきます。本来は医師が医学的な見地から正しい判断を下すのですが、美容医療では、根拠や安全性に乏しくても患者の求めに応じるケースも見られます。患者教育に取り組まなければなりません。
塩谷 今回問題となったのは、ネットのキュレーションサイトでした。しかしネットに限らず、医療情報とメディア全般との関係という視点もあります。キュレーションサイトはアクセス稼ぎが至上命題ですが、それはテレビが視聴率を上げようとするのと同じ構図と言えないでしょうか。
山田 私が信頼しているのはニューヨークタイムズやワシントンポスト、BBCといった英米のメディアです。これらは「サイエンス」と「ヘルス」をきちんと区別しています。日本のメディアは、これらがグチャグチャです。
「サイエンス」にヒューマニティーはありません。事実だけです。著者が「真実だ」と思って論文を書いたのなら、それが「正しい」。もちろん(別の研究者が)それを批評するのは構いません。一方「ヘルス」は医療行為を含むもので、学問ではない。日本のメディアは、まずこの2つをきちんと分けるのが最低限必要だと思います。
きちんとトレーニングを受けた専門ライターの教育も重要です。米国には、医学部出身の記者もいると聞きます。こういう人なら、医師や看護師と同様に「医の倫理」という概念を持っているはずで、それを前提とした記事を書けるでしょう。
「何が正しいか」という議論にたどりつかない
――皆さんの経験から、「偽情報」による実害が出たことはありますか。
大慈弥 美容医療の分野では、誤った情報に基づいたトラブルは昔からあります。医学的根拠がなく、安全性も確認されていない情報を医師が発信しているのも問題で、うのみにして被害に遭った患者はいまだに多くやってきます。
山田 皮膚科領域、アトピーでは以前、テレビ番組で突然「ステロイドは毒だ」と喧伝されて大変な事態になりました。外来が止まり、患者が「もうステロイドは使わない」「ステロイドの外用剤は悪だ」と怒鳴り込んでくるようになったのです。この情報でステロイドの使用をストップしたせいで、体調が悪化した患者もいます。私も患者も、マスコミ報道の被害者です。だからこそ、医師が「正しい」と考える情報を正確に伝える方法が必要です。強い権力を持つマスコミに対抗し、マスコミ報道を「点検」する別のメディアを持たねばなりません。
塩谷 あるメディアが「A」を持ち上げると、ライバルの別のメディアが「A」を叩いて「B」を持ち上げる。見ていますと、両方とも「ケンカしても視聴率が上がればいい」と思っているようで、何が正しいかという議論にたどりつきません。この辺がメディアの限界と思ってしまいます。今、一番の問題は「がん」の取り扱い方でしょう。「がんは死に至る病」という決定的なイメージはなくなってきました。また、全身の健康度を高めてがんが結果的に良くなるような民間療法は、もっと取り上げるべきです。でも「がんが治る」と言っては大問題。ことにテレビでは、「これですべてが治る」「本邦初」を売りにして視聴率を上げるようではいけません。さらに、ネットの情報はてんでバラバラで「百鬼夜行」のような印象を受けています。
(後編に続く)
(メモ)DAA(アンチエイジング医師団)
「最先端の安全な医学/医療情報の提供と実践」のために結成された医師集団。予防医学/医療、美容、ライフスタイル、コミュニケーションなど幅広い分野から考えられた「前向きに年を重ねるための処方箋」の提案を行っている。
略歴
塩谷信幸(しおや・のぶゆき) 北里大学名誉教授、DAA代表
東京大学医学部卒。東京大学形成外科、横浜市立大学形成外科、北里大学形成外科教授。現在、日本抗加齢医学会名誉顧問を務め、形成外科、美容外科、アンチエイジング医学の発展に尽力している。
山田秀和(やまだ・ひでかず) 近畿大学医学部奈良病院皮膚科教授、近畿大学アンチエイジングセンター副センター長
近畿大学医学部卒業、同大学院修了。近畿大学在外研究員(ウィーン大学)、近畿大学医学部奈良病院皮膚科助教授を経て現職。日本皮膚科学会専門医、日本東洋学会指導医、日本アレルギー学会指導医、日本抗加齢医学会専門医。
大慈弥裕之(おおじみ・ひろゆき) 福岡大学形成外科学主任教授・形成外科診療部長
福岡大学医学部卒業。防衛医科大学校皮膚科、北里大学病院形成外科、福岡大学医学部整形外科、福岡大学病院形成外科助教授、ボストンこども病院Brigham & Women's hospital留学を経て2005年より現職。