不愉快なことがあった時、よく「ひと晩寝ると、忘れられるよ」と慰められることが多い。しかし翌朝、本当にスッキリと目覚められただろうか?
嫌なことがあった直後に、気分転換をして忘れる努力をしないまま寝てしまうと、嫌な記憶が脳内で強化されるという研究が最近発表された。
怒ったまま寝ると「怒りの記憶」が長期保存される
その研究をまとめたのは、中国・北京師範大学の柳昀哲博士らのチームだ。英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」(電子版)の2016年11月29日号に発表した。
柳博士らは、男子学生73人の協力を得て、嫌悪感を催す映像を数多く見続けさせ、睡眠が記憶に与える影響を調べた。焼け焦げた人間の顔のアップ、砂漠で餓死した動物の死体、殴る蹴るの暴行を加えるシーンなどだ。これらの映像を2日間にわたりたっぷり見てもらい記憶させた後に、次の実験を行なった。
(1)再び嫌な映像の記憶付けの訓練を行ない、その30分後にどれだけ覚えているかテストする。
(2)同じく嫌な映像の記憶付けの訓練を行ない、そのままひと晩睡眠をとり、24時間後にどれだけ覚えているかテストする。
(3)美しい女性の写真を見るなど、嫌な映像を忘れるように努めさせ、その30分後に嫌な映像をどれだけ覚えているかテストする。
(4)同じく嫌な映像を忘れるように努めさせ、そのままひと晩睡眠をとり、24時間後に嫌な映像をどれだけ覚えているかテストする。
学生たちは、実験の期間中、頭部にfMRI(機能的磁気共鳴映像装置)をつけ、脳のどの部位の活動が活発化するか記録した。
その結果、上記の(1)と(2)のテストの成績はほとんど変わらなかった。嫌なことがあった直後にそれを忘れるような行動をとらないと、ひと晩寝た後でも30分後と同様に、しっかり記憶が刻み込まるのだ。(3)と(4)のテストでは、30分後に比べ、ひと晩寝た後は「悪い記憶」が約3分の1に減っていた。嫌なことがあったら、寝る前に楽しいことをして、すぐ忘れるようにするといいのだ。
この研究を報道したAFP通信(2016年11月30日)の取材に対し、柳博士はこう語っている。
「中国には『怒ったまま寝るな』という格言がありますが、真実であることを科学的に証明できました。嫌な記憶をそのままにしておくと、脳スキャンの結果でも、睡眠中に記憶が長期保存される部位が活発化することが確認されました。寝ている間に、嫌な記憶が短期保存の場所から長期保存の場所に移動してしまい、忘れることが寝る前よりはるかに難しくなるのです」
嫌な出来事は、ホカホカの段階で処分して捨てないと、翌朝は冷蔵庫の中にしっかり冷凍保存されているというわけだ。
ヤケ酒で忘れようとするのは最悪の結果に
それならば、嫌なことは酒を飲んでパーっと忘れようと思う人が多いのではないだろうか。それ、かえって危険だ。アルコール(エタノール)が悪い記憶を余計に強化するという研究を、東京大学の松本則夫教授がラットの実験で明らかにし、2008年2月20日付の神経学専門誌「Neuropsychopharmacology」(電子版)に発表した。
東京大学の発表資料によると、松本教授らは、ラットを恐怖状態にするために軽い電気ショックを与えた。ラットは恐怖で動けなくなり、かごに入れられると隅っこに行き体を丸めた。その直後に、半分のラットに生理食塩水を、残りのラットにエタノールを注射した。すると、食塩水を注射されたグループは、数日後には恐怖から立ち直ったが、エタノールのグループは、平均で2週間も恐怖で動けなかった。エタノールが怖い記憶を刷り込んだのだ。松本教授は発表資料の中でこう語っている。
「辛いことがあったら、酒を飲まずに嫌な記憶の上に楽しい記憶を上書きするのが一番です」