伝説のアイドル、岡田有希子の「死の『真相』」 サンミュージック元専務が明かした「2つの理由」

全国の工務店を掲載し、最も多くの地域密着型工務店を紹介しています

   1986年に18歳で自殺したアイドル・岡田有希子さんについて、自殺の直前までそばにいたという所属事務所「サンミュージック」の福田時雄元専務が2016年12月2日放送の「爆報!THEフライデー」(TBS系)に出演し、岡田さんが死を選んだ「真相」について語った。岡田さんは飛び降り自殺の2時間前にも室内にガスを充満させるなどして自殺を図っている。福田元専務は、この「2つの自殺」には違った背景があるとの見方を示した。

   番組には岡田さんの芸能界の4年先輩で、当時アイドル活動をしていたタレントの田原俊彦さん(55)も出演し、「当時の芸能界は隔離された社会で、(岡田さんは)悩みを打ち明けたり、同業者にも言えなかったと思う」と振り返った。

  • 15年には復刻アルバム5タイトルが同時に発売された。(写真は『アルバム未収録曲集「プレゼント」』)
    15年には復刻アルバム5タイトルが同時に発売された。(写真は『アルバム未収録曲集「プレゼント」』)
  • 15年には復刻アルバム5タイトルが同時に発売された。(写真は『アルバム未収録曲集「プレゼント」』)

午前中に自殺未遂、2時間後に所属事務所ビルから飛び降りる

   愛知県出身の岡田さんは、デビュー前の中学時代は「超」がつくほどの優等生で、ここのことは当時の名古屋市内では有名だったという。83年に名門、名古屋市立向陽高校に入学。1学期だけ通ったあと都内の堀越学園高校に転校し、84年に16歳でデビューした。同年の「日本レコード大賞」の最優秀新人賞を始め数々の賞を受賞するなど絶大な人気を誇り、「第2の松田聖子」として将来を期待された。

   ところがその2年後の86年4月6日に東京・四ツ谷にあった所属事務所のビル屋上から飛び降り自殺した。人気絶頂の中での訃報は世間に大きな衝撃を与え、「ユッコ・シンドローム」と呼ばれる若者の後追い自殺が相次いだ。この問題は国会でも議論されるなど、大きな問題になった。

   番組内で放送された当日の再現VTRによると、岡田さんは4月8日午前10時頃、自宅マンションでガス自殺を図った。近隣住人の通報で救急搬送された岡田さんの手首には刃物による切り傷があったという。治療後に病院を後にした岡田さんは福田元専務とともに事務所に戻り、12時15分頃、福田元専務が当時の事務所社長に報告するために席を離れた間にビル屋上から身を投げた。岡田さんの死後、ドラマで共演した男性俳優との関係などが取り沙汰され、自殺の理由についてさまざまな憶測が飛び交った。

1回目は「一途な思い」、2回目は「自責の念」

   番組のインタビューに応じた福田元専務は、岡田さんの1回目の自殺未遂は「(当時関係を噂された)男性への一途な思いから」の行動であり、2回目の自殺は「(自殺未遂で)大変なことをしてしまったから、もう生きてはいけないと思い詰めたのではないか。皆に迷惑かけたという自責の念」などと語り、午前中の自殺未遂が正午過ぎの飛び降り自殺につながったとの見方を示した。

   VTRを受け、田原俊彦さん(55)は

「(岡田さんが亡くなった)当時の芸能界は隔離された社会だった。18歳の女の子には悩みを打ち明ける場面、同業者にも言えなかったと思う。原因は謎なところがあるけれど、本当に素敵な女の子だったので、頑張って今(生きて)いたらどうだっただろうと思います」

と残念そうに話していた。

姉妹サイト