日本とインドが原子力協定を締結した。2016年11月11日、安倍晋三首相とモディ印首相は首脳会談で合意し、会談後の署名式に立ち会った。日本からインドへの原発の輸出を可能にするための通過点だが、問題は、インドが核不拡散条約(NPT)非加盟の核兵器保有国であること。原子力の平和利用が本当に担保できるのか、疑念は拭えない。
NPTは、核兵器の不拡散を目的とし、原子力の軍事転用を認めない多国間の条約で、米英仏露中の5か国以外の核保有を禁じ、国際原子力機関(IAEA)が査察を行っている。そのうえで、原発の輸出入など原子力の平和利用を進めるに当たり、各国間で個別に原子力協定を結び、原発関連の資機材や技術を供与するにあたって、軍事転用や第三国への横流しを防いでいる。
安倍首相「核不拡散体制へ実質的に参加させることにつながる」
インドはNPTによる5か国の核兵器独占を不公平としてNPTに加わらず、1998年までに核実験を繰り返し成功させ、独自に核兵器保有国になった。とはいえ、自前で技術を持たない原発については輸入したいということで、原子力協定を結び始めた。核保有を理由に拒んできた米国も、2001年の同時多発テロでテロ対策優先に姿勢を転じる流れで、2008年9月にインドが行った「核実験モラトリアム(一時停止)」声明を受け、米国などがインドと原子力協定を結び、「インド包囲網」は崩れている。
そうした流れのなか、今回の原子力協定は、日本が結ぶ原子力協定としては15か国・機関目、インドにとっては9か国目になる。ただ、今回の協定は日本にとっては異例なものになった。
日本は唯一の戦争被爆国として、ヨルダンやベトナムなどと結んだ原子力協定の本文に、相手国が核実験をした場合の日本の協力停止を明記している。日本はインドに対しても同様の内容を求めた。しかし、インドが他国と結んだ協定に、そうした条項はなく、「核政策は主権に関わる」として手足を縛られることを嫌い、日本の要求を拒否した。
交渉の結果、協定自体には明記せず、別に「見解及び了解に関する公文」と題する関連文書を取り交わすことで手を打った。この関連文書は、「日本の見解」として、インドの「核実験モラトリアム」声明を協定の「不可欠の基礎」とし、「基礎が変更された場合に(協定終了の)権利を行使できる」と書いている。インド側もモラトリアム声明を再確認している。
別文書ではあっても、「核実験→協力停止」の文書を頑張って結んだというのが安倍政権の立場で、安倍首相は会談後の共同記者発表で、「インドを国際的な核不拡散体制へ実質的に参加させることにつながる」と胸を張った。
核実験した場合の、日本から輸出済みの原発部品の取り扱いも曖昧
今回の安倍政権の判断の背景として、3点が指摘される。第1は成長戦略。その柱の一つとして「質の高いインフラの輸出」を掲げ、原発をはじめ、新幹線、都市交通、港湾、上・下水道などの技術や設備の売り込みに力を入れている。中国経済に陰りが見られるなど不振の新興国が多い中で、巨大市場として成長を続けるインドの重要度が増しているのだ。
第2は米仏の強い要請。インドで両国が2017年中の着工を目指す原発には日本メーカー製の鋼材が不可欠で、日印の協定が是が非でも必要ということだ。「建設工事から逆算して、今がギリギリのタイミング」(霞が関筋)という。
第3に、対中国の思惑も指摘される。「中国の台頭、とりわけ南シナ海への進出に危機感を強める安倍政権は、インドの取り込みに躍起になっている」(全国紙政治部デスク)ことから、原子力協定でインドとの関係を緊密化しようという狙いだ。
だが、疑念は残る。日本がNPTに加盟していない国と協定を結ぶのは、1972年のフランス、1985年の中国に次ぎ3例目だが、仏中両国はNPT発効当時から「核保有国」としてすでに特別な地位を認められており、実際に1992年にはNPTに加盟もした。これに対しインドは、やはりNPT非加盟の核保有国である隣国パキスタンと対立していて、NPT加盟の可能性は現状では考えられない。つまり、NPTの枠外で、核兵器を放棄しない国であり続ける可能性が高いわけで、そのインドとの原子力協定は、かつての仏中とは次元が異なるとの指摘がある。
実際に、「核実験をしたら協力停止」と言っても、例えば、核爆発の手前の「臨界前核実験」をインドが実施した場合に協力を停止するかは不明。核兵器と言うときに、核弾頭と一体である運搬手段(ミサイル)の技術開発については、日本は異議を差し挟めないなど、「抜け穴」は多い。万一、インドが核実験した場合の、日本から輸出済みの原発部品の取り扱いも曖昧だ。
経済的に、また安全保障上もインドが重要なパートナーであるのは間違いないが、今回の協定がNPTの空洞化を助長する恐れもあり、核拡散防止の実効性をいかに確保していくか、被爆国としての姿勢が問われる、との指摘も出ている。