多くのメディアにとって番狂わせだった。どこをどう間違ったのかを検証しておこう。筆者がしばしば使うサイトは、Real Clear Politicsである。これは多種多様な世論調査などをかなりまとめて書いてある。
このほかにも、統計モデルを使ったものとして、FiveThirtyEight、Princeton大学、PredictWise、NYT Upshot、政治専門家の分析によるものとして、Sabato's CrystalBall、Cook Political、Rothenberg & Gonzales、さらに、メディアによるものとして、ABC、AP、CNN、FOX、NBC、NPR、The Fix、Governingがある。これらのすべてが、今回の大統領選の結果を予測できなかった。
単なる統計誤差では済まされないほど大きい「差」
もちろん、最終段階において、クリントン氏のメール問題についてFBI長官が意味不明な発言をして、それがクリントン氏の支持率を大きく下げたのは間違いない。たらればの話であるが、あの発言がなければ、クリントン氏の勝利だったはずだ。
筆者も、FBI長官発言の影響を過小評価してしまった。筆者のツイッターで披露した最終的な予想は、クリントン272対トランプ268でクリントン氏辛勝というものだった。
筆者との予想の違いは、ウィスコンシン(10)、ミシガン(16)=執筆時、未確定=、ペンシルベニア(20)でトランプ氏が勝ったこと、ネバタ(6)でクリントン氏が勝ったことだ。
もともと民主党基盤であったウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアを落としたら、クリントン氏の勝ち目はない。
執筆時現在、全米の投票率では、クリントン氏がトランプ氏を上回っている。ただし、ポイント差は事前予想よりも少ない。ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアでは事前予想ではクリントン氏が数%ポイントの差で勝つと思われていたが、ふたを開けてみれば、トランプ氏が僅差で勝った。
この差は、単なる統計誤差では済まされないほど大きい。事前調査が何らかのバイアスが含まれていたと思わざるを得ない。もちろん、誰に投票するかという質問自体に真実を答えないという一定のバイアスがあるが、今回の場合、トランプ氏のほうに強いバイアスがなぜあったのかがポイントだろう。
「女性」であることの影響
これらの州では、製造業が不振で、白人の低所得者層がトランプ氏へ流れたと、内外のメディアでは説明されている。クリントン氏がエスタブリッシュの典型なので、そうした底辺の人がトランプに期待したというのはもっともなストーリーである。
ただし、ちょっといいにくいが、筆者としてはクリントン氏が女性であったことも一因だと思っている。アメリカで数年も暮らした経験があれば、建前は自由平等であるが、実は偏見に満ちた差別社会であることを体感しているはずだ。
都市部や教育・所得水準の高いところでは、差別は建前としては「ない」が、そうでない地方や教育・所得水準の低いところでは、差別は存在していると実感している。特に、黒人や女性にはかなりきついものがある。筆者も、そうした地域で公然と「真珠湾を覚えているか」と面罵された経験は忘れない。
筆者のある友人が、こっそり本音を言ってくれた。(大統領には)黒人だけでいいだろ、女性は勘弁して欲しい、と。
もちろん、これは建前としては決して言ってはいけない。そう考える(特に民主党支持の)人たちは、世論調査では建前どおりにクリントン氏と答えるだろう。しかし、差別は好き嫌いの感情なのでコントロールが難しい。実際の投票ではトランプ氏になったのではないか。そのときの口実としては、けっして「クリントン氏が女性だから」ではなく、トランプ氏は政治素人だし、従来の共和党でないから、まあいいか、といったものだったろう。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、
いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。
著書に「さらば財務省!」(講談社)、「図解ピケティ入門」(あさ出版)、
「戦後経済史は嘘ばかり」 (PHP新書) など。