グーグル肝いりのIT企業が開発した囲碁ソフト「アルファ碁」が韓国の名人に圧勝するなど最近の人工知能研究の進展はすさまじい。
米紙ニューヨーク・タイムズは先月下旬の記事で、人工知能の進化によって、こうした技術が犯罪に悪用される可能性が高まっている、と警鐘を鳴らしている。
コンピューターが「肉親の声」合成
同紙が一例としてあげたのは、音声合成技術の進歩を悪用した新手の「オレオレ詐欺」。年老いた母親の声で、「銀行口座の暗証番号が分からなくなったのですぐに教えて」とあわてた様子で電話がかかってきたとする。実の母親の声に間違いないと信じて、あわてて口座の暗証番号を調べても、それが実はコンピューターで合成された偽の母親の声だったとしたら、というわけだ。
同紙によると、囲碁名人に勝利をおさめた「アルファ碁」を開発して一躍有名になったグーグル子会社のディープマインドは最近、「どんな人の声もまねることができ、従来のシステムよりもはるかに自然な音声に聞こえる音声合成システムの開発に成功した」と発表した。こうしたシステムが悪用されれば、各地の警察が懸命に摘発を続ける「オレオレ詐欺」が日本ばかりか世界に広がってしまうかもしれない。
米国で捜査機関のITアドバイザーを務め、「未来の犯罪」という著者があるマーク・ゴッドマン氏は同紙に対し、「サイバー世界の犯罪は、人の手を介さない自動化が進み、こうした犯罪の数が爆発的に増加している」と警告する。
同様に、警鐘を鳴らすのはナショナル・インテリジェンス社のジェームス・クラッパー所長。同氏は今年初めに発表したコンピューター・セキュリティに関する年次報告で、「人工知能技術の急速な発達で、インターネット世界の脆弱性はさらに増している」と強調している。
犯罪に悪用される時代は、もうすぐそこまで
コンピューター犯罪は年々巧妙さを増している。「ブラックシェード」と呼ばれるパソコン攻撃プログラムは、特別な知識がなくても他人のパソコンに侵入してパソコンを動かなくし、元通りにする代償として「身代金」を要求したり、突然ビデオを動かしたり、音を出したりしてパソコンを使えなくすることができる。このプログラムを開発した人物は昨年米国で有罪になったが、プログラムは今でもインターネットの闇世界に出回っているという。
もっとも、現状ではまだ「人力」が優位を保っているようだ。日本の「オレオレ詐欺」に職のない若者がかかわることが珍しくないように、人間がわずかなコストで同じ悪事を働いてくれれば、苦心して複雑なプログラムを作る必要はないからだ。
とはいえ、いつの時代も新手の犯罪者は技術の進歩に敏感だ。コンピューター犯罪の専門家が危惧するのは、人工知能技術の発達で、さらに手口が巧妙化していくことだ。NYタイムズは「こうしたソフトが犯罪に悪用される時代は、もうすぐそこまで」に迫っている、と警告している。