最近、20~30代の若い女性でも乳がんや卵巣がんなどを発症する人が増えている。ちょうど、妊娠・出産年齢と重なる時期だ。がんになると、たとえ回復した後も、抗がん剤や放射線療法によって卵巣がダメージを受け、子どもを生めなくなるおそれがある。
2016年10月1日のJ-CASTヘルスケア「【女の相談室】『小林麻央ショック』の女性に光 乳がん治療中も赤ちゃんを生める」では、妊娠中にがん治療を受けても子どもを生める医療があることを紹介した。今回は、抗がん剤などのがん治療を受けた後でも、あきらめずに子どもを生む医療を紹介したい。
31歳なのに衝撃の告知「完全に閉経しています」
このテーマを取り上げたのが、2013年2月25日放送の「クローズアップ現代 がんになっても子どもが欲しい」(NHK)だ。番組では冒頭、30歳の時に乳がんを発症、当時治療中だった女性ユキさん(34)が登場した。子どもがほしいと夫と話し合っていた矢先だった。ユキさんは抗がん剤での治療が妊娠に影響を与えないか不安になり、主治医に相談すると、「一時的に影響が出るが、生殖機能への心配はありません」と説明を受けた。ところが、治療を受けてから3か月後、月経が止まった。産婦人科を受診すると、衝撃的な結果を告げられた。
産婦人科医「完全に閉経しています」
31歳で閉経したユキさんは、がん治療を受けても子どもを生む方法として、事前に卵子を凍結保存しておく生殖医療があったことを知り、悔しがった。
ユキさん「とても重要な問題なので、治療の前に話してほしかった!」
なぜ医師は、患者の思いに応えられないのか。日本の医療はまだ縦割り組織で、がん専門医に妊娠・出産に関する認識が不足しているのが現実だ。国立がん研究センターの清水千佳子医師は、全国の乳がん専門医800人を対象に、患者の妊娠・出産についてどう対応しているか調査した。回答したのは半数の約400人。患者の出産のために生殖医療の知識のある産婦人科医に相談しているかを尋ねたところ、相談しているのはたった23.7%だった。
清水千佳子医師「我々の先輩は、がんになったらまず病気を治すことと教えられた世代です。多くのがん専門医が、不妊治療ががん治療の妨げになったり、再発のリスクを増したりしているのではないかと慎重になっています」
がん告知された人は落ち込み、出産まで思い浮かばない
番組ゲストに、聖マリアンナ医科大学の鈴木直教授(産婦人科)が登場した。がん治療を受ける人でも子どもを生めるように、がん専門医と産婦人科医の連携を進める「日本がん・生殖医療学会」を2012年に立ち上げた人だ。
国谷裕子キャスター「なぜ医師は治療の前に、患者に妊娠や出産へのリスクを説明しないのでしょうか」
鈴木直教授「何よりも最優先するのは、がんをしっかり治療すること。説明しないわけではないが、まずは治っていただくことが重要なのです」
国谷キャスター「患者から妊娠・出産したいという要望はないのですか?」
鈴木教授「なかなか、そこまで思い浮かぶケースは少ないです。がん告知をした後の患者さんの心理状況を調べると、2週間後に半数以上の方が適応障害といって、落ち込んだ状態になってしまう。まず治療を何とか受け、頑張っていかなくてはという気持ちでいっぱいの人がほとんどなのです」
つまり、医師は治すことを最優先させる、患者はほとんどパニック状態になっている、しかも、医師は生殖医療の専門知識が乏しい。そのままがん治療が進み、気が付いたら出産できない体になっているケースが多いのだ。
番組では、夫が胃がん、自分も乳がんにかかりながら、無事に男児を出産したトシミさんを取り上げた。不妊治療を続けていたトシミさんは、医師から乳がんを告げられた時、子どもを断念するように言われた。しかし、あきらめきれずに掛りつけの産婦人科医に相談。受精卵の凍結方法の資料をもらった。それをがんの主治医に持っていき、自分で説明をした。
トシミさん「がん専門医と産婦人科医に接点がないから、両方を行き来し、私が慣れない医療用語を使って説明しなくてはなりませんでした。抗がん剤治療を行なう前に卵子を取り出して受精卵を保存しましたが、ちゃんと両方の医師に自分の状態が伝わっているか、ずっと不安でした」
「目の前の治療だけでなく10年先の人生まで考えよう」
日本ではまだ患者が1人で奔走するケースが多いが、番組では、がん専門医と産婦人科医の連携が進んでいる米国の現状が報告された。「ナビゲーター」と呼ばれる専属のスタッフが地域ごとにおり、患者の要望に応じ、がん専門医と産婦人科医との間の連絡をとり、紹介してくれる。
ナビゲーターの1人、クリスティン・スミスさんはこう語った。
スミスさん「目の前の治療だけではなく、私は5年先10年先の話をします。患者さんの治療後の人生を考えていますから」
日本でもやっと2013年2月、岐阜県のがん専門医と産婦人科医の約70人がネットワークを作り、地域の連携を始めた。県内の大学病院に専門外来を設け、患者に妊娠・出産の手助けをする医療機関を紹介している。
鈴木教授が理事長を務める「日本がん・生殖医療学会」も、がん専門医と産婦人科医らが共同で治療方法の研究と普及を行なっている。同学会のウェブサイトには「乳がん治療にあたり 将来の出産をご希望の患者さんへ」という冊子がアップされている。乳がんの治療とそれが女性の生殖機能に与える影響、そして、子どもを生める能力を残す生殖医療の方法と、その専門家を選ぶときのポイントなどがわかりやすく書いてある。
3つの方法は「卵子」「受精卵」「卵巣」の凍結保存
それによると、生める方法(生殖医療)は次の3つだ。抗がん剤投与や放射線療法の影響によって、若い女性でも閉経と同じ状態になったり、副作用で卵巣機能が低下したりする場合があるため、がん治療の前に行なう必要がある。
(1)卵子の凍結保存:細長い針を卵巣にさして卵子を採取し、凍結保存。がん治療が終わり病気を克服したあとに体外受精をさせ、体内に戻す。
(2)受精卵の凍結保存:体外受精をさせた受精卵を、治療後に溶かし体内に移植する。
(3)卵巣組織の凍結保存:腹腔鏡手術によって片側の卵巣を摘出し、一定の大きさの組織に切り、組織片を凍結保存する。治療後に溶かして体内のもう1つの卵巣に移植すると、卵巣の機能が回復し再び排卵が起こるようになる。自然妊娠や人工授精ができるようになる。
どの方法がよいか、主治医と相談することが大切だ。また、卵子や卵巣組織の凍結を行なっている医療機関は、日本産科婦人科学会のウェブサイトの「登録施設一覧」でも調べることができる。