妊婦の8割以上が経験する、ツラい「つわり」――。「こんなに苦しくて、お腹の赤ちゃんがどうにかならないかしら?」と不安になる女性も多い。
しかし、心配ご無用。つわりは赤ちゃんのためだった。つわりには流産を防ぐ効果があることが米国立小児保健・人間発達研究所(NICHD)の研究でわかり、米医師会誌「JAMAインターナル・メディシン」(電子版)の2016年9月26日号に発表された。つわりを経験する妊婦は、経験しない妊婦に比べ、流産のリスクが50~75%も減るという。AFP通信(2016年9月27日付)など海外メディアが報道した。
流産リスクが50~75%減る
NICHDの上部組織、米国立衛生研究所(NIH)が2016年9月26日付で発表した資料によると、今回の研究の対象者は797人の妊婦。全員、流産を過去に1~2回経験している女性で、流産防止の薬物療法である低用量アスピリン服用治療を受けていた。研究チームは、対象者に妊娠初期から36週目まで日記をつけてもらい、吐き気や嘔吐(おうと)などつわりの症状を記録してもらった。
その結果、797人のうち57.3%の女性が「吐き気」の軽いつわりを、26.6%が「吐き気と嘔吐」の重いつわりを報告し、16.1%がつわりを経験しなかった。最終的に797人のうち188人(23.6%)が流産したが、つわりの症状が重い人ほど流産のリスクが少なく、つわりを経験した人は、しなかった人に比べ、流産のリスクが50~75%低かった。
この結果について、研究チームのステファニー・ヒンクル博士は、「つわりは健康的な妊娠の証拠であると一般的には言われてきましたが、高いレベルの科学的証拠はあまりありませんでした。過去の研究の多くがつわり経験の回想に頼っていたからです。今回、日記の記述と妊娠症状の変化を分析することによって、つわりが流産リスクの回避に結びついている最強の証拠を得ることができました」と、自信満々にコメントしている。
しかし、今回の研究では、つわりがどうやって流産を防いでいるのか、母体のメカニズムを明らかにしていない。AFP通信は、専門家の話として「つわりの吐き気で女性の食事量が減り、それによって胎児が毒素にさらされるリスクが減少することで、健全な妊娠が促される可能性がある」という見方を紹介している。
吐き気が胎児に悪い食べ物を避けている
この考え方は、最近、欧米に広まっている「ダーウィン医学」(進化医学)にもとづいているとみられる。従来の医学では「無病息災」の健康体が望ましいとされ、発病すると症状を緩和する治療を行なってきた。しかし、ダーウィン医学では、病気も人間が長い進化の過程で獲得した「体質」だから、体にとってマイナス面だけではなく、何かプラス面があるはずだと考える。つわりも、お産の進化の歴史で獲得した症状だから、ちゃんと意味がある。ただ妊婦を苦しめる役割しかないのなら、とっくに人類は滅びているというわけだ。
その「つわりのメリット」について、栃内新・北海道大学教授(生物学)は著書『進化から見た病気 「ダーウィン医学」のすすめ』(講談社)の中でこう説明している(要約抜粋)。
「難産を乗り越え、安全な出産の確率を増やすために進化した性質の1つがつわりだ。つわりは妊婦が妊娠初期に特定の食べ物やニオイに対して吐き気を感じる症状だ。実は、つわりを引き起こす食物の中には、胎児の奇形の原因となる可能性を持った物質が多く含まれている。つわりがひどい期間は、胎児に奇形が発生しやすい妊娠3か月頃と重なる。つわりが妊婦を、胎児にとって一番危険な時期に、原因物質から遠ざけてくれているわけだ」
つわりがひどい母親の子は知能指数も高い
つわりの利点は、流産の減少だけではない。早産や先天的な障害を持つ子の出産をも減らし、さらに生まれた子の1Q(知能指数)まで高めるという研究もある。カナダ・トロントの小児病院「ホスピタル・フォー・シック・チルドレン」の研究チームが専門誌「リプロダクティブ・トキシコロジー(生殖毒性学)」(2014年8月号)に発表した。
この研究を報道した「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」(2014年7月30日付)によると、つわりと出生児の関連を研究した5か国の計10の論文(対象妊婦約85万人)データを分析した。つわりがあった妊婦が流産をする確率は、つわりがなかった妊婦の3分の1以下で、流産の確率が高い35歳以上の人も恩恵を受けていた。また、早産や未熟児、心臓欠陥や口蓋裂(こうがいれつ)など先天性欠損症の出産確率も30~80%減少した。
また、子どもを数年後に調査すると、つわりがあった母親の子は、なかった母親の子よりIQ(知能指数)と言語・行動能力テストの成績が高かった。
昔からよく「つわりは、赤ちゃんが元気な証拠よ。頑張って!」と励ます言葉は正しかった。苦しんだ末に生む甲斐があるというものだ。