「よしよし、いい子だ」。イヌはほめると喜んで尾を振る。イヌを飼っている人なら、イヌに自分の言葉が通じているのは当たり前だが、本当にイヌは言葉の内容を理解しているのだろうか。
イヌの脳の働きを調べた結果、人間と同じように左脳で言葉の内容を、右脳で言葉の抑揚を把握し、飼い主が本気で自分をほめているのか、ウソをついているのか、しっかり分かっていることが確認できた。
飼い主や仲間のイヌの幸福と恐怖に共感する
この研究を米科学誌「サイエンス」(電子版)の2016年8月29日号に発表したのは、ハンガリーのエトベシュ・ローランド大学のアッティラ・アンディクス博士(動物行動学)のチームだ。イヌの脳の働きを調べるのは難しい。機能的磁気共鳴画像(MRI)を使用し、脳をスキャンする必要があるが、イヌは装置の中でじっとしていないからだ。縛りつけて実験すると、脳の正しい反応を分析できない。アンディクス博士は、ドッグトレーナーに協力してもらい、13匹のイヌを数か月間訓練し、決して装置の中で動かないようにしつけた。
この13匹のイヌを使い、2014年、ほかのイヌが発する様々な声、「喜んでワンワンほえる」「甘えてクンクン鳴く」「恐怖でグルルルうなる」などを録音で聞いた時、脳のどの部分が反応するか調べた。すると、ほかのイヌの幸福感や恐怖感を表わす声には、人間の脳と同じ部分が活性化することがわかった。つまり、人間同様に仲間のイヌの「幸福」や「恐怖」に共感するわけだ。
この時、飼い主の「幸福感」や「恐怖感」を表わした声を聞かせると、仲間のイヌの声を聞いた時と同様に反応した。飼い主の感情にも共感するのだ。
飼い主が本気でほめてくれた時だけ脳が喜んだ
今回は、2年前と同じ13匹を使って、人間の言葉の内容や言葉に込められた感情まで理解しているかどうかを実験した。それぞれのイヌの飼い主に、様々な言葉を次のように4つのパターンで喋ってもらい、録音で聞かせて脳のどの部分が活性化するか調べた。
(1)「お利口だね」「いい子だ」「よしよし、その通り」などのほめ言葉を、本当に称賛する気持ちを込めて喋る。
(2)ほめ言葉を何の抑揚もない中立的な口調で喋る。
(3)特に意味のない中立的な言葉を、賞賛の気持ちを込めて喋る。
(4)特に意味のない中立的な言葉を、中立的な口調で喋る。
その結果、イヌの脳画像は左脳が言葉そのものに反応し、右脳が口調(イントネーション)に反応していることがわかった。人間でも多くの人の場合、左脳は言葉の意味の分析や計算など理論的な働きをし、右脳は音楽・美術などの芸術性や創造力など感情面の働きをするといわれる。イヌは、人間同様に両方の脳を駆使し、飼い主の言葉の意味と込められた感情を判断しているわけだ。
そして、(1)の飼い主がほめ言葉を本当に称賛の気持ちを込めて喋った時だけ、イヌの脳の中にある「報酬系領域」が活性化した。報酬系領域は人間にもあり、物事を達成した時やうれしいことがあった時に、快楽物質のドーパミンが分泌される。イヌは飼い主の「本気」と「ウソ」を見抜いているのだ。
アンディクス博士は、ナショナル・ジオグラフィックの取材に対し、「イヌ好きの私自身が今回の発見に興奮しています。イヌは思っている以上に人間に近い脳活動をしています。イヌに望ましい行動をしてもらう方法はただひとつ、『本当に優秀だね』と本気でほめてあげることです」と語っている。