脳卒中や交通事故などで脳を損傷した患者さんたちの作品集『生命の灯ふたたび2』 (新興医学出版社刊) をいただき、驚いた。色鉛筆や水彩、油絵などの絵画と書道作品なのだが、その出来ばえのすごさに、だ。
もともと芸術的な才能のあった人ばかりだったのではないかと思ったら決してそうではないらしい。
言語聴覚士が厳しく指導
千葉県松戸市で活動する患者グループ「若葉の会」の48人の作品だ。A4判、見開き 2ページに、患者さんの発病や障害、回復ぶりなどの記録、最初に挑戦したころのいかにもたどたどしい文字や絵、制作中の患者さんの写真、そして自慢の近作1、2点が掲載されている。今年2016年7月末に刊行されたばかりで、書名に2とあるのは19年前に続く2冊目の作品集だからだ。
編著者は言語聴覚士の横張琴子さん。アキレス腱断裂でたまたま入院した病院で、医師らに失語症患者の言語療法を頼まれた。それから患者の友の会の世話、横張さんが好きだった絵画や書道を通じての機能訓練へと発展した。
作品がすばらしい理由を聞くと、横張さんは「私が厳しく指導するから。患者が自信を回復し、生きる意欲を取り戻すには、皆が感心するような上手な作品でないといけない」と話す。その様子を知りたいと8月26日、私は松戸市総合福祉会館で開かれた「若葉の会」の例会を見学した。
参加者は患者40人ほどと、その半分ぐらいの付き添い家族。患者は自分の描きたい風景や鳥や植物などの写真を横に置き、熱心に筆やペンを動かしていた。横張さんは順番に回り、よくできたとほめる一方で、結構細かく、線や色、描き方に注文を付ける。書だと橙の色で修正の筆を入れる。患者は何度も描き直すので、作品の完成までには実は何か月もかかっている。
言語中枢のある左脳の障害で、言葉を失い、右半身が動かなくなっても、左手で筆やペンは握れる。最初は自分の名前も書けない患者が週1回の会だけでなく、自宅でも描き続ける。やがて生きがいとなり、意欲も出て、言葉も歩行も改善する。「脳は喜び、感動とともに適切な刺激を受ければ、驚異的に回復する可能性がある」と、横張さん。
脳卒中や失語症対象のリハビリは中途半端で、治療法には至っていない。「若い言語聴覚士も指導しているが、今の医療・介護制度では実行は難しい。それが残念」。作品集には横張さんの、その思いがこもっているようだ。(医療ジャーナリスト・田辺功)