経済状態の善し悪しを判断する最大の材料である国内総生産(GDP)統計について、日銀と内閣府の論争が注目を集めている。2014年度のGDP成長率(物価変動の影響を除いた実質)は、内閣府が、とうにマイナス0.9%と発表しているが、日銀が最近、「プラス2.4%だった」とする独自の試算を公表して、大きな食い違いが出ているのだ。GDPの数字は経済政策運営の基礎であり、日銀の金融緩和政策への評価にもかかわるだけに、論争は熱を帯びている。
ことの発端は日銀が7月20日にホームページにアップした論文「税務データを用いた分配側GDPの試算」。住民税の納付状況(総務省調べ)や法人税の納付状況(国税庁調べ)といった税務データに基づき、過去10年ほどの実質GDP成長率は平均1.2%と内閣府の公表値(0.6%)の2倍との試算を示した。中でも、消費税率が5%から8%に引き上げられた2014年度は、名目GDPの実額は519兆円と内閣府の公表値の490兆円より約30兆円多く、成長率も内閣府算出のマイナス成長に対し、日銀はプラス2.4%と正反対の結果になった。
日銀VS内閣府
日銀は、職員個人の論文としているが、黒田東彦総裁が7月26日の経済財政諮問会議で、内閣府公表のGDPについて「税収は良いが、GDPが下がっているのは少し違和感がある」と表明したことから、事実上の「公式見解」の位置付けと受け止めるのが自然だろう。日銀の大規模緩和による円安効果で2014年度の企業収益は過去最高水準を記録し、雇用状況も改善したのにGDPの数字が悪かったことから、日銀内に「大規模緩和の効果が過小評価されている」との不満がある。
内閣府の算出方法は、国連の定めた基準に基づいて、個人消費や設備投資を示す政府統計などを積み上げており、多くの国がこの手法を取り入れている。ただ、2014年度は消費税率の8%へのアップ前の駆け込み需要の反動が出て消費は低迷したが、「GDPの落ち込みが大きすぎるのではないか」(エコノミスト)との見方も少なくなかった。
これに限らず、常々問題にされるのが個人消費を推計する家計調査(総務省調べ)。「細かく記入が求められるため、調査対象が家計簿をつける余裕がある高齢者や専業主婦などに偏り、単身者や共働き世帯が少なく、全体像を十分に反映していない」との指摘がある。
日銀が試算に活用した税務関係データは「企業が脱税しない限り、ほとんどの経済活動を捕捉できる」(日銀幹部)というのが「セールスポイント」だ。
さまざまな官庁がそれぞれの統計をバラバラにまとめる
とはいえ、日銀の手法にも問題は多い。企業は赤字を翌年度以降の黒字と相殺して納税額を減らせる「繰越欠損金」制度があり、この影響を織り込むのは難しく、「税収は経済活動とは必ずしも連動しない」(内閣府)。さらに、法人税の納付状況などの税務情報がすべて公表されるのは年度が終わってから1年3か月程度後で、日銀も2014年度のGDPまでしか試算できていない。これでは機動的な経済政策を実施する材料にはできない。
いずれにせよ、現在の経済統計に、いろいろと疑問があるのは確か。2015年10月の経済財政諮問会議で麻生太郎財務相が家計調査をはじめ、「毎月勤労統計」(厚生労働省)や、「消費者物価指数」(総務省)の問題を挙げ、見直しを求めた。そもそも、さまざまな官庁がそれぞれの統計をバラバラにまとめていることから、「整合性・統一性が取れない」(エコノミスト)との指摘は絶えない。
統計の観点から、日銀・内閣府論争に山本幸三・地方創生担当相も割って入り、8月4日の記者会見で「(政府統計は)各省でまったく調整が取れていない。その結果、日本のGDP統計はどこまで信用していいか分からない」と指摘した。山本氏は安倍首相と野党時代に金融政策に関する勉強会を重ねるなどアベノミクスの形成に関与し、日銀に大規模緩和を促してきた「リフレ派」の代表的な政治家。地方創生のほか、行政改革、規制改革、国家公務員制度も担当で、行改や公務員改革の観点から統計業務の一元化に乗り出す可能性も取りざたされる。
今回の日銀の試算が、にわかに「公式統計」に組み入れられることは考えられないが、「問題提起としては意味があった」(エコノミスト)ということか。