「1人年3500万円」の新薬 医療財政を破綻に追い込む?

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   たった1種類の薬剤が国の医療制度が揺るがしている――そんな懸念が広がっている。2015年12月に肺がん治療薬として承認された「オプジーボ(一般名ニボルマブ)」のことだ。厚生労働省も中央社会保険医療協議会(中医協)で適正使用のためのガイドライン(指針)作成に動き始める事態になっている。

   抗がん剤オプジーボは2014年9月、発売された。まず皮膚がんの一種「悪性黒色腫(メラノーマ)」向けとして承認され、肺がんにも保険適用が拡大された。がん細胞には免疫細胞の攻撃を防ぐ仕組みがあるが、これを解除する新しいタイプの薬だ。ただ、薬代は驚くほど高く、標準的な投与方法で1人年間3500万円に達する。

  • 新しい肺がん治療薬の薬代は1人年間3500万円に達するという(画像はイメージ)
    新しい肺がん治療薬の薬代は1人年間3500万円に達するという(画像はイメージ)
  • 新しい肺がん治療薬の薬代は1人年間3500万円に達するという(画像はイメージ)

適正使用に向けたガイドラインを年内策定へ

   公的な医療保険制度では自己負担は原則3割だが、月ごとの上限を設けた「高額療養費制度」があり、薬剤費は税金や保険料で賄っている。オプジーボの場合、投与対象は5万人ほどとされ、仮に全員に使われると、その薬剤費は3500万円×5万人で年間1兆7500億円。国全体の医療費は40兆円を超え、うち薬剤費は10兆円を上回るとされるが、実にその2割近くを一つの薬剤で占めることになる計算だ。

   オプジーボほどではないが、他にもC型肝炎治療薬「ハーボニー」(2015年9月の発売時、服用終了までの3か月分で670万円の薬価とされ、その後、約3割引き下げ)や高脂血症治療薬「レパーサ(一般名エボロクマブ)」(1回2万2948円と高額ではないが、長期間投与が必要)などもある。今後、高額薬剤が続出するとみられ、「医療財政はこのままでは破綻しかねない」(財務省筋)。

   こうした事態を受けて厚労省は、適正使用に向けたガイドラインを年内に策定する方針を打ち出し、7月27日の中医協で議論を始めた。薬ごとに各分野の学会などと共に作成する。具体的には、薬が効きやすい患者を調べて投与するのは効果の期待できるケースに限ったり、大きな副作用の恐れのある患者への使用を控えたりすることなどを検討。また、副作用に対応できる医療機関や医師に限定して使用を認める方針で、指針に従わなかった場合は、公的医療保険を適用できない仕組みも検討する。

   対象はオプジーボやレパーサなど4剤として2017年度中の適用を目指すとともに、今後承認される高額の新薬は、原則として指針の対象とする方針だ。

医師会、製薬会社にはそれぞれの思惑

   厚労省はさらに、医療保険が適用される病気が増えて、市場規模が急拡大した場合は、2年に1度の薬価改定を待たず、即座に薬価を見直す仕組みを検討する。これもオプジーボが念頭にある。オプジーボは、患者の見込み数が470人と少数だった皮膚がんで承認されたために1人年間3500万円という高額になったが、翌年に患者数の多い肺がんに適用が広がり、医療財政への影響が一気に問題になったからだ。

   ただ関係者の立場は簡単には一致しそうもない。政府が、高齢化で医療費が膨らむ中で薬剤費を少しでも抑えたいと考えるのは当然として、日本医師会は薬剤の価格の引き下げの必要は認めつつも、「診療報酬改定時に薬価の引き下げ分を診察料などに回すべきだ」と、医療費全体の考え方では違う立ち位置にある。

   製薬会社は当然、価格引き下げに反対で、「開発コストが回収しにくくなり、技術革新を阻害する」と訴える。

   また、どのように「使い過ぎ」を抑えるかという現実論になると、高いハードルが立ちはだかる。オプチーボの場合、効果がある患者は2~3割とされ、それをいかに判定し、投与の見送りや中止をするかが大きなポイントとされるが、専門家は「投与を始める前に効果がある患者を識別する指標を探しているところで、すぐには確立できない」と指摘する。

   健康はすべての人の願い。一方で、無尽蔵に金があるわけでもない。「75歳以上の高齢者は高額薬剤による延命治療は控えるしかない」との声がある一方、高額薬剤を使って早期に治れば、長期入院したり、繰り返し高度な手術を受ける、あるいは効果の高くない抗がん剤などを投薬し続けるといった費用が節約できる面も総合的に考えるべきだとの意見もある。

   高額薬剤の価格を下げていく大きな方向性はできたが、対立する考え方がせめぎ合う中で、いかに大方の納得感ある対応策をまとめるか、難しい議論が続く。

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