ひとつの裁判が注目を集めた。末期がんの男性患者が、治療を目的として大麻を使ったため、大麻取締法違反で逮捕、起訴されたのだ。
海外では医療目的での大麻使用を認める国や地域があるが、日本では違法だ。2016年7月10日投開票の参院選挙では、医療大麻の解禁を訴えた候補者や政党も見られた。
「ほかに方法がなかった」「身体や精神に悪影響」
「『治療目的で大麻使用』と無罪主張した末期がん患者、死去 判決見届けられず」(産経新聞2016年7月26日)
この記事は、東京地裁で公判中だった山本正光さん(58)について報じたものだ。6年前に肝臓がんが見つかり、抗がん剤治療を続けたが進行がとまらず、2年前に「余命半年から1年」と宣告された。
7月22日の「報道ステーション」(テレビ朝日系)が、その模様を特集した。映像では、腹部にパンパンにたまった水をベッドの上で抜く山本さん自身の様子が映された。絶望的な状況で、海外でがん患者が大麻を使用していることを知り「希望が見えた」と自ら大麻の栽培、使用を始めた。その効果かどうかは分からないが、腫瘍マーカーの数値が約1年で10分の1以下に下がったと、山本さんは主張した。
だが目的が何であれ、日本では法律上認められない。2015年12月に大麻取締法違反(所持)の罪で逮捕、起訴された。山本さんは、医療目的の大麻使用は許されるべきと無罪を主張。裁判では「生きたい。ほかに方法がなかった。あるなら僕に教えてほしい。大麻なしでそれを使います」と発言した。
国はもちろん、大麻の使用は有害との立場だ。厚生労働省は、大麻を使用すると身体や精神に悪影響があると説明する。具体的には、めまいやおう吐、長期の使用で男性の精子異常、女性は月経異常や胎児への影響が報告されているとする。さらに「錯乱、極度の不安・恐怖、衝動行動、また長期使用により、集中力・記憶力・認識能力の減退や人格障害などをおこすほか、依存症を引きおこす恐れがあります」と、使わないように強く呼びかけている。
参院選で「医療大麻解禁」を訴えた候補者
「報道ステーション」では、米国で現在全50州のうち半数の25州とワシントン特別区で医療大麻が認められていると報じた。医師の許可書と身分証明書を提示すれば、「専門店」で購入できる。飲食用や塗る、吸引するといったさまざまなタイプがあるそうだ。実際に結腸がんで余命3か月と宣言された米国人女性は、医療大麻の吸引を始めてから、完治したわけではないが食欲が戻り、今も3人の子の育児に奮闘しているという。
だが番組に登場した医療用大麻を処方する米国人医師は、大麻は「進行を止めるかもしれないが、はっきりしたことは分からない」「あくまで苦しみを和らげるもので、治療ではない」と話していた。また厚労省の「今の医薬品や治療法を超える効果は認められていない。有効性が実証されていないのに合法化できない」とのコメントも紹介した。
2016年7月の参院選では、東京選挙区から立候補した高樹沙耶さんが「医療大麻の解禁」を訴えた。高樹さんを公認した新党改革は、「医療大麻の研究推進の早期実行」を掲げた。高樹さんは落選し、新党改革も議席を確保できなかったが、他党には見られない独自の主張だったのは確かだ。
山本さんは7月25日、肝臓がんで死去。このため公判は棄却される。ツイッターには訃報を受けてお悔やみの言葉が並ぶと同時に、医療大麻問題を真剣に受け止めるツイートも見られた。今後、議論が深まっていくだろうか。