「つらいことは忘れたわ。いいことしか覚えていないの~」。さすがはウチのお婆ちゃん、人生の年輪を重ねた人はいいことを言うね~、と感心するは待った方がいいかもしれない。
悪いことや普通のことを覚えておらず、いいことしか記憶にないのは認知症の第一歩の恐れがあるという研究が最近発表された。
物語を朗読後に感動した話だけ思い出すと...
この研究をまとめたのは、米カリフォルニア大学のチーム。認知心理学誌「Learning&Memory」の2016年8月号に発表した。
研究チームは、記憶力が正常な平均年齢75歳の高齢者32人(男性11人・女性21人)に物語をいくつかを朗読してもらい、内容をできるだけ詳細に暗記するよう求めた。物語は、主人公の運命の変転や感情の起伏が激しいものからストーリー変化の穏やかなものまで、異なるジャンルを選んだ。そして、朗読の20分後と1週間後の2回、それぞれの物語の内容を細かく思い出してもらった。また、これに加えて認知能力を調べる記憶力テストも行なった。
その結果、記憶力テストの成績が悪かった人は、物語のよかった部分(明るい内容や劇的なクライマックスなど)はよく覚えていたが、中立的な部分(物語のあらすじや個々の細かいエピソード)や悪かった部分(暗い内容や悲劇)はあまり覚えていなかった。記憶力が悪い人ほどその傾向が強まった。
一方、記憶力テストの成績がよかった人は、中立的な部分と暗い部分はよく覚えていたが、よかった部分はあまり覚えていなかった。
記憶力の低下を脳が補う「陽性効果」
この結果について、研究チームのジェシカ・ノーチェ博士はこう語っている。
「記憶力の成績が悪い人は、記憶力の低下を脳が補おうとして、物語のよかった部分だけを覚えるようになった可能性があります。脳には報酬系の神経組織があり、感動したり、快感を覚えたりすると、快楽ホルモンのドーパミンを出し気分を高揚させます。記憶障害が始まった兆候を脳が自覚し、この報酬系を活性化させ、記憶力を高めようとしているのかもしれません」
物語には、「正」の情報(明るい話)、「中立」の情報(あらすじ・細かいエピソード)、「負」の情報(暗い話)の3つがある。「正」「中立」「負」の全部を記憶するのは大変だ。そこで、記憶力の高い人は「正」の情報をあえて犠牲にして、「中立」と「負」の情報を記憶した。ところが、記憶力が落ちた人は3つのうちで1つしか記憶できないため、あえて明るく気持ちがよい「正」の情報を選んだというわけだ。これを脳の「陽性効果」と呼ぶそうだ。
ノーチェ博士は「高齢者が、よいことしか覚えていないようになったら、認知症のシグナルになる可能性があります。今後は脳画像技術を併用して研究を深めたい」と語っている。