シングル・パスポート制度は維持できるか
決済業務の流出懸念も指摘される。ユーロ圏の金融政策を決める欧州中央銀行(ECB=本部・フランクフルト)は、2011年に「ユーロ建て取引の決済業務はユーロ圏内で行うべきだ」との指針を出した。ユーロ建てのデリバティブ(金融派生商品)の清算で、ユーロを導入していない英国が7割のシュアを占めることなどに異を唱えたものだが、英国が「欧州単一市場の理念に反する」と欧州司法裁判所に訴えて阻止した経緯がある。英国がEUを離脱すれば、こうした決済業務がフランクフルトやパリなどに奪われる可能性がある。
また、ロンドンに置かれているEU内の金融機関を監督する欧州銀行監督機構(EBA)も、移転は確実だ。
英国以外のEU各国には金融機関、金融ビジネスを呼び込むチャンスでもある。金融機関を誘致したいフランスのバルス首相は早速、金融機関の幹部の所得が高いことをにらみ、国外からの移住者に対し、国外に持つ資産の課税除外期間を5年から8年に延長するほか、所得税の最高税率(75%)を引き下げる方針まで示している。ドイツの金融機関などでつくる業界団体は国民投票後、「フランクフルトは安定した金融センターとして十分に整備されている」との声明を出すといった具合だ。
対するシティー側は「シティーには(法律や保険など)ビジネスに必要なあらゆる専門家が集積している」(ジェフリー・エバンズ・シティー市長)として、特にシングル・パスポート制度の維持をEUとの離脱交渉の優先事項と位置づけ、ビジネス環境を悪化させないよう全力を挙げる考えだ。
ただ、EU側にとって、金融センターの地位を英国から奪おうというのは、プラスとマイナス相半ばする。シティーの機能を自国に持ってくること自体は、ドイツであれ、フランスであれ、オランダであれ、自国経済にプラスだが、世界の金融センターとしての地位争いでニューヨークや東京その他のアジアとの争いで、シティーの地盤沈下が欧州全体の地位低下を招く恐れもある。
2016年夏現在、EU側は、そうした損得をにらみながら、英国との離脱交渉を進めることになり、日本の金融機関も、交渉の動向を見極めながら対応策を練ることになる。