ランニングブームの昨今、マラソン大会に行くと60~70代の高齢者に完走する人が多いことに驚かされるが、「年の功」というべきか、65歳以上のランナーは若いランナーとほぼ同じエネルギー効率で走っていることがわかった。
米フンボルト大学運動学部のジャスティス・オルテガ准教授らの研究グループがスポーツ科学誌「メディシン&サイエンス・イン・スポーツ&エクササイズ」の2016年4月号に発表した。
車の燃費性能と同じ「ランニング・エコノミー」
長距離ランナーは鍛え方や能力によって走るスピードが異なる。当然、年をとるにつれ速さは衰えてくるが、研究チームは、スピードが遅くなってもランニングを続けていれば、エネルギー代謝は変わらないことを突きとめた。
このエネルギー代謝は「ランニング・エコノミー」(走りの経済性)と呼ばれる。自動車の燃費性能と同じで、少ないエネルギーで効率よく走る能力を意味する。指標は、一定の速度で走った時の酸素摂取量で表わし、酸素摂取量が高ければランニング・エコノミーが低い、逆に酸素摂取量が少なければランニング・エコノミーが高いと評価される。ランニング・エコノミーが高い人は、少ないエネルギー(酸素)で楽に走ることができるのだ。
研究チームは、65歳以上の高齢ランナー15人と、39歳以下の若いランナー15人に、トレッドミル(ランニングマシン)を様々なペースで走ってもらった。対象者は全員、過去6か月以上にわたり週3回以上、1回30分以上のランニングを続けていた。酸素マスクをつけ、酸素摂取量や心拍数、速度、走行距離などを測定した。
その結果、高齢ランナーは若いランナーに比べ、総合的な運動能力では歴然とした差があったが、それぞれの速度で比較すると、若いランナーとほぼ同じ割合で酸素を摂取し、ランニング・エコノミーの数値は同程度だった。
「運動を始めるのに手遅れということはない」
若い人に比べ、筋肉や持久力が劣る高齢者が、なぜ同程度のランニング・エコノミーを維持して走ることができるのだろうか。オルテガ准教授はこう説明している。
「人間の体は自動車と同じで、人によって燃焼効率が違います。実験に参加した高齢者はベテランランナーが多く、経験を経て効率よく酸素を摂取するテクニックを身に着け、調整しているようでした。今回の実験で得られた知見は2つです。高齢になってもジョギングを続ける人はランニング・エコノミーが衰えずに生理学的にエコであること。そして、運動を始めるのに手遅れということはなく、何歳になっても活動的でいられるということです」
100歳のマラソン最高齢男性は、89歳から走り始めた
実は、同様の実験を2012年に米ニューハンプシャー大学で行なった。18~39歳のヤンググループ18人、40~59歳のマスターグループ22人、60~77歳のシニアグループ11人に4段階の速度でトレッドミルを走ってもらった。すると、最大酸素摂取量、最大心拍数、全身の筋力や柔軟性など、すべての運動能力は加齢とともに低下したが、「ランニング・エコノミー」の数値だけは3つのグループともほぼ同じだった。
当時、この論文を紹介した米紙ニューヨーク・タイムズは「研究者にとって予想外の結論で、驚きを隠さなかった」と書いている。また同紙は、1980~2009年のニューヨーク・マラソンの統計記録を調べた結果、40歳未満の若いランナーの完走率が低下しているのに対し、40歳以上の中高年ランナーの完走率が伸びていることも報道している。
「ランニング・エコノミー」が変わらないメカニズムは、まだ、よくわかっていない。実験に参加した高齢ランナーは長年、ジョギングを続けてきた人ばかりだ。年をとるとペース配分を覚え、無理をしない「省エネ走法」が身に着くのだろうか。
ちなみに、女性のフルマラソン完走のギネスブック世界最高齢記録は、2015年の米国人女性のハリエット・トンプソンさん(当時92歳)だ。それまでの記録を3時間も縮める7時間24分で完走した。彼女がランニングを始めたのは76歳の時。理由は「老人ホームの仲間のために、がんと白血病の研究資金を募集する」ためだ。
男性の世界最高齢記録は、2012年のインド系英国人のファウジャ・シンさん(当時100歳)で、8時間25分だった。シンさんが初めて走ったのも非常に遅く、89歳の時だ。理由は「妻に先立たれて寂しかったから」という。
確かに運動を始めるのに遅すぎるということはない。