母乳は赤ちゃんの体の健康によいだけではなく、心の健康にもよい影響を与える研究が相次いでいる。生後6か月間、母乳だけで育てられた赤ちゃんは、小学生になった時、行き過ぎた暴力を繰り返す「行為障害」になる割合が半分以下になることが南アフリカ・ダーバン人間科学研究会議の研究で明らかになった。
この研究は、米科学誌「プロス・メディシン」(電子版)の2016年6月21日号に発表された。
暴力・いじめ・動物虐待の「問題行動」が半分以下に
行為障害とは、単なる「わがまま」とか「行儀の悪さ」の範囲を超え、他人への思いやりに欠けたやり方での暴力やいじめ、破壊、脅迫、動物に対する虐待などを繰り返すことをいう。小学1年あたりから思春期にかけ、学校の規則を無視する形などで表れ、男子に多い。女子の場合は男子のような暴力性は影をひそめるが、虚言や盗み、家出、薬物乱用、売春などが多くなる。
育った生活環境や遺伝的要因が原因といわれ、成人するまでに約半数の子どもは問題行動が収まるが、成人後も続くと犯罪に走ったり、精神障害を引き起こしたりする恐れがある。また、行為障害の子どもは学力が低くなる傾向があり、その後の人生にも悪影響を与えやすい。
研究チームは、1500人以上の子どもを対象に、母乳育児の期間と7~11歳までの間の行為障害との関連を調べた。その結果、生後6か月間まで母乳だけで育てられた子どもは、母乳育児が1か月未満だった子どもに比べ、行為障害になる割合が56%も低かった。
また、母乳で育てられた子どもは発達障害の注意欠陥多動性障害(ADHD)になりにくいという研究成果を2013年にイスラエル・テルアビブ大学のチームが発表している。ADHDの子どもは、集中力に欠け、落ち着きがなく、衝動的な行動をとりがちになる。遺伝的な要因や生活環境が影響すると考えられているが、原因ははっきりしていない。
研究チームは、ADHDの子どもとそうでない子どもの母乳育児の違いを比較した結果、生後3か月まで母乳で育てられた子どもは、ADHDの子が43%なのに対し、そうでない子は73%、また生後6か月まででは、ADHDの子が29%なのに対し、そうでない子は57%と、明らかに差があった。母乳育児が長い子どもほどADHDになりにくいことが確認できた。
母乳成分には数億年の進化の神秘が...
なぜ、母乳が子どもの心の健康にまでいい影響を与えるのだろうか。両方の研究とも明確な因果関係を説明していない。そもそも「行為障害」や「注意欠陥多動性障害」の原因さえはっきりしていないからだ。しかし、専門家のウェブサイトをみると、「母乳と人工ミルクの成分の違いというより、直接お乳から授乳する行為が、赤ちゃんの心にいい影響を与えているのではないか」と指摘する声が多い。生後間もない頃の母親との密接なスキンシップが、赤ちゃんの心の成長を促しているというわけだ。
ところが最近、母乳の成分にも神秘的な働きがあることが明らかになった。2016年5月、スイス・チューリッヒ大学のチームが、母乳の中に含まれている特殊な糖分が赤ちゃんの腸内細菌を改善していると発表したのだ。それによると、ウシやマウスの母乳には30~50種類の糖分しかないのに、人間の母乳には200種類以上の糖分があるという。
赤ちゃんは最初、無菌状態で生まれるが、生後1週間で数百億個もの細菌が腸内に住むようになる。赤ちゃんは母乳の糖分の大半を消化できないので、文字通り、糖分は腸内細菌のためにある。これらの糖分が腸内細菌のエサになり、母親から引き継いだ善玉菌を増やし、有害な細菌を駆除し腸内細菌の環境を整えているという。しかも、200種類以上の糖分は赤ちゃんの成長とともに組成を変えていく。腸内細菌の状態をよくするよう、「エサ」の中身を変える複雑な働きをしているのだ。
研究チームのティエリー・へネット博士は「最初の1か月で赤ちゃんの腸内細菌の環境がいちおう整い、免疫システムが発達し始めると、これら細菌のエサの糖分は急激に減って、今度は赤ちゃんのために脂肪などの栄養素が増加します。200種類の糖分のどれが、どの細菌を増やすのかはまだ謎です。しかし、母乳は数億年の進化のたまものであり、赤ちゃんのために最適になるような成分に発達してきたことは間違いありません」と語っている。
腸内細菌は免疫能力を高めるなど健康に貢献する一方、状態が悪化すると、糖尿病などの生活習慣病を引き起こしたり、うつ病などの精神障害を発症させたりすることが最近の研究でわかってきた。「行為障害」や「ADHD」との関連はまだ指摘されていないが、赤ちゃんの心の発達のためにも母乳が一番なのは確かなようだ。