階段の上り下りは、上る方より下りる方が楽だと思われがちだが、実は下りる方が高齢者の体にはいい運動になることがオーストラリア・エディスコーワン大学の研究でわかった。科学ニュースサイト「Science Network」の2016年6月13日号に発表された。
体にいいばかりではなく、認知症予防の脳の活性化にもなるというから驚きだ。
心拍数・血圧・心肺能力・血糖値が全部よくなった
エクササイズで筋肉を動かす時には、大きく分けて2つの運動がある。上腕で力こぶを作る時のように筋肉を縮める「コンセントリック運動」と、力こぶをゆるめて元に戻す時のように筋肉を伸ばす「エキセントリック運動」である。たとえば、次のような運動がそうだ。
【コンセントリック運動】
(1)階段や坂を歩いて上る。
(2)ダンベルを上げる。
(3)スクワットで腰を上げる。
(4)寝ている姿勢から立ち上がる。
【エキセントリック運動】
(1)階段や坂を歩いて下りる。
(2)ダンベルを下ろす。
(3)スクワットで腰を下ろす。
(4)立った姿勢から横たわる。
階段を上り下りする時がそうだが、2つの運動はたいていセットで行なわれる。しかし、筋肉が力を発揮するのは主に収縮する時だから、これまでのトレーニングの考え方では、コンセントリック運動(階段を上る時)の方が負荷は大きく、運動効果があがると思われてきた。
研究チームは、60~76歳の男性26人の協力を得て、コンセントリックとエキセントリックの両方の運動を12週間にわたって続けてもらい、運動直後の体の状態を比較した。階段やスロープをゆっくり上り下りしたり、歩いたり、床にゆっくり横たわったり、立ち上がったり、軽いダンベルをゆっくり上げたり、下ろしたりした。
すると、心拍数・血圧・心肺能力・血糖値・血中脂質・インスリン濃度と、体の健康度を示す全部の数値で、エキセントリック運動がコンセントリック運動を上回った。
また、やや肥満の高齢女性たちにも、階段を上り下りする運動を週に2回ずつ繰り返してもらい、運動後に体の状態を比較すると、階段を下りる運動をした直後の方が数値はよかった。高齢者にとっては、階段の上り下りなら、下りる方が健康にいいのだ。
箱根駅伝でも山下りは冷静な頭脳派選手が
なぜ、下りる方がよいのだろうか。研究リーダーのケン・ノサカ教授はこう説明している。
「階段や坂を下りる時は、着地するたびに太ももの前面の筋肉を伸ばして体をストップさせる必要があり、筋肉を使っています。この運動は階段や坂を上るより楽ですから、繰り返し行なうことができて筋力が効率よく鍛えられます。また、エキセントリック運動はコンセントリック運動より認知能力が多く要求されるものです。階段や坂を下りる時は、上る時より足元に気を使うし、腰を下ろす時も上げる時より椅子の状態を確かめる必要がありますから、脳の活性化に役立つのです」
確かにランニングでも、坂を駆け上がる時より、下りる時の方が難しい。下半身の筋肉や関節に体重の負荷がかかるため、下り坂のスピードを抑える必要があり、結構筋力を使うのだ。また、一歩一歩、注意深く足元の着地点を選ばないと膝を痛めるなどのケガをする。だから、箱根駅伝でも小田原から芦ノ湖までの山上りの5区は、「山の神」と称されるパワフルな選手が選ばれるが、山下りの6区は冷静沈着な頭脳派の選手が選ばれるといわれる。
足腰に自信がなくて駅の階段を敬遠している人は、エレベーターで上ってもいいが、下りる時はぜひ階段を使おう。