がんを治すうえでは、早期発見が大変重要になる。定期的に検診を受け、体に異変を感じたら早めに医療機関を訪れるのが必要なのは、言うまでもない。
ところが元ボクシング世界王者・竹原慎二さんの場合、医師の診断結果を信じ続けた末にがん宣告を受ける「悲劇」に見舞われた。
「ぼうこう炎」「前立腺肥大」と二転三転の末に...
「1人の医者を信用し過ぎると、後からとんでもない目にあう」
竹原さんは2016年6月20日放送の「あるある議事堂」(テレビ朝日系)で、このようなエピソードを披露した。2014年にぼうこうがんと診断され、しかもかなり進行していた。ぼうこうを全摘出する大手術を受けた後は幸いにも回復が進んでいる。症状が落ち着いた状態の「寛解」になるまではまだ3年が必要だが、ひとまずは一時の危機的状況は脱したと言えよう。
実はがん宣告を受ける前、竹原さんはある医師の診察を受けていた。最初は頻尿が続いたのがきっかけで、医師の見立てはぼうこう炎だった。1週間分の薬を処方されたが、全然治らない。再度、医師を訪ねたが、「お酒を飲みすぎるからダメなんだよ」と言われた。4、5か月後、尿道に痛みを感じ、三度同じ医師に診てもらった。「用を足すときに痛みがある」と訴えたが、医師は「そんなはずはない」。大学病院で調べてもらったが、結論は「前立腺肥大」だった。
最初の違和感からおよそ1年、とうとう血尿が出た。この時点でも竹原さんは、また同じ医師に連絡したという。番組の他のゲストからは「また同じ先生に?」と疑問の声が上がった。ここでようやく別の病院の医師を紹介されたという。診断の結果は、ぼうこうがんの「ステージ4」だった。余命宣告まで受けたが、元ボクシング世界チャンピオンの畑山隆則さんから東大病院の医師を紹介され、治療によって快方に向かった。
竹原さんは「(医師に言われたら)信じるしかない」「(症状が)分からないなら、違う病院を教えてくれれば」と嘆いた。一方で、体調が悪化した段階で、自ら別の医師に診てもらう選択肢もあっただろう。よもや、自分ががんだとは思わず、最初の医師の言うことを聞いておけば治るはずだと思ったのかもしれない。判断が難しいところだ。
医者を変えるにはメリットとデメリットがある
竹原さんのケースでは、最初の「ぼうこう炎」という診断が正しかったのか、この時点でがんがあったのに医師が見逃したのか、分からない。医療専門紙の記者は、「(ぼうこうがんの宣告が)初診から1年経過していたことを考えると、必ずしも医師の最初の判断が間違っていたとは言い切れない」と指摘する。かかりつけ医での問診や簡単な検査では、詳しく調べきれずにぼうこう炎としか言えなかったのかもしれないとも話した。「ちょっとした体調不良」と患者本人が申告しているのに、いきなりMRI(核磁気共鳴画像法)検査をする医師はまずいない。
「医者を変えるタイミング」はどうか。これも何か特別な基準があるわけではなく、患者本人が決めるしかない。
治療の途中で担当医師や病院を変える場合は、メリットとデメリットの両面があるようだ。その点を、ある内科医がブログで説明している。
ここでは、風邪の症状が治らずに病院を変える場合を例にとっている。利点としては、複数の医師に診てもらうことで病気の見落としが少なくなる。病状に対して適切な診療科を選んでいなかった場合は、病院を変えることで正しい診断にたどり着く可能性が高まるかもしれない、と説明した。逆に欠点は、医師が変わるとこれまでの症状が改善、悪化どちらに向かっているかが把握しづらくなる。また利点と逆にかえって不適切な診療科に変わってしまう恐れも出てくる。
がんは日本人の死因ワースト1位だ。一定の年齢に達したら、定期的ながん検診を自発的に受けるのが早期発見の近道となる。竹原さんは現在44歳。元チャンピオンとは言え、体に変調が起きてもおかしくない年齢だ。今までにはない異変を感じたら、「もしも」に備えて進んで詳しい検査を受診した方が、医師の言葉をうのみにするだけよりもリスクの芽を摘む確率は高まる。