6月8日(2016年)、三菱UFJ銀行による国債入札の「特別参加者」返上について大きく報道された。消費増税の見送りを安倍首相が決めた直後だったこともあり、いろいろな憶測が飛んだ。報道のされ方から、三菱UFJ銀行側からのリークの可能性が高いと見る向きも多い。
普通に考えれば、「国債はマイナス金利なので、銀行の投資対象にならないから」というのが返上の理由だ。そもそも銀行が国債に投資して儲かるという事態がおかしいので、本来の民間企業の融資のあるべき方向に向かう兆候だと見れば、いい話だ。
「金融政策決定会合への牽制」との噂も
銀行グループの経営戦略としても、特別参加者になっているのは、三菱東京UFJ銀行のほかにも、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、モルガン・スタンレーMUFG証券がいるので、投資中心の銀行があえて入ることもない。
ただし、三菱UFJ銀行はマイナス金利に批判的なので、それがさらに憶測を呼んでいる。今(6)月半ばには開かれる金融政策決定会合への牽制、という噂もその一つだ。マイナス金利自体は、金利水準全般の引き下げになって、日本経済には好影響であるが、金融機関の収益を目先低下させるからだ。ただし、三菱UFJはグループで1兆円も稼いだが、それを維持したいというのは、ちょっと無理だろう。
いずれにしてもニュースになったわけだが、関係者以外では「特別参加者」をご存じの方は、ほとんどいないのではないか。
日本では、2004年10月以降、「国債市場特別参加者制度」を導入している。それ以前にも、特別参加者と称するものではないが、事実上同趣旨の制度は1990年頃から存在していた。これらは、欧米主要国において、国債の安定消化促進、国債市場の流動性維持・向上などを図る仕組みとして導入されている、いわゆる「プライマリー・ディーラー制度」を参考としている。
筆者がかつて「のけぞった」、金融機関関係者からの要求とは
現在、特別参加者は22社(5月時点)である。もっとも、国債に入札する社は246社。三菱UFJ銀行も特別参加者から抜けても入札者になっているわけで。これで国債消化がどうなるものでない。そもそも、国の財政状況は、世間で言われる1000兆円の借金ではなく、日銀も含めて政府の連結バランスシートをみれば、実質的に100兆円を超えた程度しかない(2016年1月14日付け本コラム)。これでは、財政破綻論者のいう国債暴落は起こらず、逆に国債暴騰つまりマイナス金利になるのも、もっともだ。
特別参加者は、一定の応札・落札義務があるが、そのかわりに財務省からの情報を直接とれるというメリットがある。
筆者は20年以上前に、(同趣旨制度での)その担当者をしていたことがある。当時は、大蔵省の主催するパーティに特別参加者の金融機関の人を招待していた。金融機関が大蔵省を接待するのは当たり前の時代に、逆に大蔵省が金融機関を接待したということで話題になったものだ。
ところで、金融機関の人は商売に直結した情報を露骨に求める。筆者も、入札の足切り価格を発表前に教えてくれと言われて、のけぞったことがある。もちろん決して教えなかった。今ではそんな非常識なことはあり得ない。筆者の現役時代に行われていたパーティも、国債市場特別参加者会合という「普通の会議」になったようだ。
もっとも、財務省のホームページで、特別参加者のメリットとして、「国債市場特別参加者会合に参加し、財務省と意見交換等を行うことができます」と書かれていることに苦笑いしてしまった。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわ
ゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に
「さらば財務省!」(講談社)、「図解ピケティ入門」(あさ出版)、「マイナス金利の真相」(KADOKAWA) など。