「冷たい」が「痛い」に変わる「ドライアイスセンセーション」
徳田先生が田村さんを診察したのは、転倒で病院に運ばれてから3か月後のことだ。
徳田先生は(1)転倒する前にはしびれや痛みはなかったこと、(2)鍵を触った時や冷蔵庫から缶ビールを取り出す時、水で手を洗う時に指先、畳からフローリングに移動した時に足の裏、背中をうちわであおいだ時に背中が痛くなったこと、(3)転倒した時のことを覚えていないということ、そして(4)転倒する前、自分で釣った5キロほどの大きさのイシガキダイをみそ汁にして食べていたことを田村さんから聞き出した。
最初に搬送された時に腹部の痛みを訴えていたことから、徳田先生はイシガキダイの食中毒の可能性を疑い、「シガテラ中毒」という病名を導き出した。
熱帯・亜熱帯のサンゴショウの周辺にいる「渦鞭毛藻(うずべんもうそう)」というプランクトンに含まれる「シガトキシン」という毒素による食中毒で、この毒素は渦鞭毛藻を食べる魚や貝の体内にたまっていく。小さいサイズの魚では危険はないが、大きく成長した魚は毒素を多く蓄積しているため、中毒を起こす可能性がある。田村さんが食べたイシガキダイの場合、4キロ以上の大きさだと危険だ。
神経系の症状として、不整脈、血圧低下、徐脈、めまい、頭痛や筋肉の痛み、まひ、感覚異常と、「ドライアイスセンセーション」を引き起こす。
冷たいものを触って皮ふが冷やされると「冷覚」が働くが、皮ふの温度が0度近くまで下がると冷覚は働かなくなり、かわりに「痛覚」が現れる。ドライアイスセンセーションは、この「痛覚」が働き始める温度が高くなる神経症状で、普段は冷たいと感じるものも痛いと感じてしまうようになる。田村さんの症状は、まさにシガテラ中毒と合致する。
シガテラ中毒を引き起こす可能性のある魚は400種以上で、温暖化の影響で北上し本州近海でも広く生息している。シガテラ中毒の被害者は多いと推測されているが、報告はほとんどない。医師が見抜けず、中毒患者を「MUS」と診断してしまっている可能性がある。
徳田先生「MUSを減らす努力は大変重要。そのためにもとことん問診をして情報を集める」