言葉の名手でもあった
そして兵役拒否。67年、ベトナム戦争への徴兵を拒んだ。
「私とベトコンの間に争いはない」
徴兵拒否の裁判で一、二審は「禁固5年」だったが、最高裁で「無罪」。この間、チャンピオンを剥奪されている。
ボクサーとして、人間としてつらい時期を過ごした。それを克服したのは72年のチャンピオン奪回だった。コブシで地位復活を果たしたのである。74年にはジョージ・フォアマンにKO勝ちし、三たびチャンピオンベルトを手にした。この試合は「キンシャサの奇跡」(現コンゴ民主共和国)と語り伝えられる一戦で、日本も含め世界にテレビ中継された。
アリは言葉の名手でもあった。試合の前にKOラウンドの予告や相手を「ミラ」「ゴリラ」などとののしった。テレビ時代を意識したもので、プロモーターとしての才能を発揮した。
日本のファンも多く、76年のプロレスラーのアントニオ猪木との試合は記憶に残る。
「格闘技世界一決戦」
こう銘打ち、テレビの視聴率は40%を記録したという。アリ18億円、猪木6億円がギャラだった。
(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)