特殊なクモにかまれたことによってスーパーパワーを得て、ニューヨークの高層ビル街を跳び回り、悪と戦う若者。ご存知、ハリウッド映画のヒーロー「スパイダーマン」だが、パワーの秘密は指先から出る強力なクモの糸。このネバネバのおかげでビルの壁を垂直に登ることができる――。
ところが、英国と米国の超名門大学の間で、「スパイダーマンは生物学的に存在できない」「いや、可能だ」という科学論争が起こり、話題になっている。
壁を登るにはバカでかい手足でないと無理
ことの発端は、2016年1月下旬に英国ケンブリッジ大学のウェブサイト上に公開された「スパイダーマンは不可能」と題するニュースリリース。同大学の生物学者デヴィッド・ラボンテ博士が率いる研究チームが行なった「動物の足の粘着力」を調べた論文だ。ラボンテ博士は、もともと垂直な壁を登る動物を研究テーマにしてきた。ダニからアリ、クモ、ヤモリに至るまで、自在に壁を登る225種の動物を調査した結果、「壁を登る能力を備えるには人間は大きすぎる。ヤモリの大きさが限界だ」と結論づけた。
その理由として、壁を登る動物の体重と足の面積には関係性があることを確認したという。体重が重いほど壁に接する足の裏の面積が広くなければならない。225種のうち最小のダニと、最大のヤモリを体の表面積を基準に比較すると、足の裏にある壁面に接するエリアの割合は200倍もの開きがあった。これは、動物の体重が増加しても体表面はそれほど増加しないためだ。だから、ヤモリのサイズが体重を支えられる限界になる。
ラボンテ博士は「もし、人間サイズの動物がスパイダーマンのように自在に壁を登る能力を備えようとするなら、体表面の40%に匹敵する大きさの手足が必要になります。あるいは、体のほぼ前面全体をネバネバの粘着質にして、壁にベッタリくっつけなくてはなりません」とコメントした。
スタンフォード大学には「スパイダーマン学者」がいる!
この論文が欧米メディアに大きく取り上げられると、さっそく反論したのが米国のスタンフォード大学。生物模倣システム工学を研究しているエリオット・ホークス博士がテレビのトークショー番組に出演、「また科学が夢をぶち壊してくれた。(ケンブリッジでできなくても)スタンフォードならできるけど?」と、実際に博士が「ひっつきパッド」を両手に持って垂直のガラスの壁を登っていく動画を公開した。
実は、スタンフォード大学の研究チームは、ヤモリが壁を登る能力を応用した「ひっつきパッド」を開発、2014年に英科学誌「サイエンス」(電子版)に動画とともに論文を発表していたのだ。テレビで流した動画も同誌に載せたものだ。ヤモリの足の裏は、真空吸着でも接着剤でもなく、超微細な繊毛(せんもう)に覆われ、毛先の分子が壁の物質の分子と結合するという分子パワーで非常に強力な粘着力を得ている。
同大学では、「スタンフォードならできる」と題した動画を2016年1月下旬から大学の公式アカウントに公開した。今回の「科学論争」、スタンフォード大学に軍配が上がった形だが、もともとケンブリッジ大学のラボンテ博士は、スパイダーマンを意識して論文を発表したわけではない。動物の吸着成分を医学や工学に役立てることが研究の真面目な目的だった。大学の広報担当者が、話題作りに「スパイダーマン」を見出しに使った。これを「ヤブヘビ」という。