安倍晋三政権が参院選に向けた看板政策に掲げる「ニッポン一億総活躍プラン」がまとまった。子育て・介護の支援策や非正規労働者の処遇改善などが柱で、2016年5月31日に閣議決定する予定だ。
ただ、細かい中味は曖昧なところも多く、恒久的な財源も確保されているとはいえず、消化不良は否めない。5月29日には安倍首相が17年4月に予定されている消費税増税を2年半も延期する方針を政権幹部に伝えたとも報じられた。「1億総活躍」プランは絵に描いた餅になるのか。
保育士と介護士の賃金改善に2000億円必要
プランの柱は「出生率1.8」「介護離職ゼロ」へ向けた対策と、多様な人材の活躍を可能にする「働き方改革」への取り組みだ。
子育て支援では、保育士の月給を2017年度から2%(約6000円)引き上げ、特にベテラン保育士の給与は最高月4万円程度上がる昇給制度を作る考えを盛り込んだ。介護についても、職員の月給を平均1万円程度引き上げるとした。
特に力を入れた「働き方改革」では、「同一労働同一賃金の実現」が目玉だ。正社員を中心としたフルタイム労働者の6割にとどまる非正規労働者の賃金水準について、欧州諸国並みの8割程度を目指すとし、最低賃金も全国平均で1000円(時給)に引き上げるという目標を示した。長時間労働の是正策も示したが、これは、子育てと仕事の両立を図るという狙いでもある。
そして、一連の取り組みによって労働者数は2020年度に117万人、2025年度には204万人増加し、働く人の増加→賃金総額の拡大→消費拡大という循環により、2020年度は13.7兆円、2025年度は20.4兆円の消費支出が増え、目標とする国内総生産(GDP)600兆円に近づく――との将来像も描いた。
ただ、実現の道筋は簡単でない。例えば正規と非正規の賃金格差縮小も、総人件費の膨張を企業が受け入れる仕組みをいかに作るかなど、肝心の具体論には踏み込んでいない。 保育士の月給引き上げと言っても、全産業平均より11万円も低い月約22万円という現状を考えると、力不足は明らか。しかも、そのわずかな賃金改善でさえ保育士と介護士で2000億円の財源が必要になるが、加藤勝信・一億総活躍担当相はプラン発表後の会見で、財源はアベノミクスの成果を通じて生まれた税収増などだとして、「来年度の予算編成の中で具体的な議論をしていく。進めていくという意思をここで表したということだ」と、財源が確保されていないことをあっさり認めた。
最も批判的な論調は日経
新聞各紙はプランが発表された翌5月19日、一斉に朝刊社説で取り上げたが、プランのめざす方向性は是とする一方、実効性への疑問、財源でくぎを刺す論調が目につく。
「どれも長年の懸案であり、対応を急ぐべきだ」(朝日)というように、中身の目新しさは、ほとんどないとはいえ、「これまで社会保障政策は高齢層に偏っており、若年層に焦点を当てた包括的な改革案の方向性は評価できる」(毎日)、「中長期にわたる課題に果敢に取り組む姿勢は評価したい」(産経)、「趣旨に異論はない」(日経)、「プランが1億総活躍を『究極の成長戦略』と位置づけたのは理解できる」(読売)など、まずは「総論賛成」の評価が目につく。
ただ、「どのように実現するのか、十分な根拠が示されているとは言い難い」(毎日)など、具体化の道筋を疑問視する指摘も、多くの社に共通する。
特に問題なのが財源。朝日はすでに16日付の社説で、1億総活躍社会のためには「消費増税の支えが必要だ」との見出しを掲げ、産経も19日付の主張では「とりわけ説明を求めたいのは、安定財源をどう確保するかである」と、真っ向切り込み、「新たな財源を必要とするメニューも次々と打ち出したが、社会保障・税一体改革で決めた政策の履行もすべて達成していないことを忘れていないか」と、バッサリと切った。
「アベノミクスの成果を活用する」という点についても、朝日が「安定的な財源と言えるだろうか」と書けば、産経も「確実な財源としてカウントできない」と断じるなど、厳しい筆致が目立った。産経と並んで安倍政権支持の論調が目立つ読売は、「政府は安定財源を示す必要がある」と、さらりと指摘するにとどめた。
そんな中、「勇ましい名前のわりには物足りなさが否めない」との書き出しで、最も痛烈な批判的論調を掲げたのは日経。「総じて足りないのは、生産性を上げることによって賃金上昇や雇用拡大が実現するという市場メカニズムの活用だ。......そこを政策の軸に据えなければ、......看板倒れになりかねない」と、規制緩和、構造改革重視の立場から、厳しい言葉が並んだ。